James Setouchi
2024.9.1
五野井郁夫・池田香代子『山上徹也と日本の「失われた30年」』
集英社インターナショナル2023.3.29
1 著者(本書巻末の著者紹介から)
五野井郁夫:1979年~。政治学者、国際政治学者。専門は民主主義論、国際秩序論。著書『「デモ」とは何か 変貌する直接民主主義』『リベラル再起動のために』など。高千穂大学教授。
池田香代子:1948年~。ドイツ文学翻訳家。著書『世界がもし100人の村だったら』、翻訳『夜と霧』『ソフィーの世界』など。
2 目次
はじめに/山上達也と日本の「失われた30年」年譜/プロローグ 山上徹也の言葉をわたしたちは読まなければならない(池田)/第一部 五野井郁夫×池田香代子 新自由主義とカルトに追い詰められた〝ジョーカー〟のツィートを読み解く/第二部 山上徹也、あるいは現代日本の肖像(五野井)/ツイートに見る 山上徹也が言及した作品リスト/第三部 山上徹也ツイート全1364件 完全分析/おわりに
3 内容
2022(令和4)年7月の安倍元首相銃撃事件の山上徹也被告(この本の校了時起訴されているため「被告」「被告人」という呼称が用いられている)のツイートを分析し、その内面に迫る。それだけではなく、1980年前後生れの「ロスト・ゼネレーション」(失われた世代。就職超氷河期に遭遇した世代)、ひいては日本社会共通の諸問題をあぶり出す。プロローグでは山上徹也被告の軌跡は、ロスジェネ世代が共有する社会的バックグラウンドの上に描かれてきた、とする(16頁)。山上被告は言う「残念ながら氷河期世代は心も氷河期。」(33頁)第三部は特に優れており、ここから読むとわかりやすい。誤解のないように各自で読んで頂くのが一番よい。その上で判断してほしい。微妙な問題もあるので、誤読のないように気をつけてほしい。少しだけ内容に触れてみる。
・山上被告の家庭内の問題は、報道で知られているとおり、旧統一教会への多額の献金が強く関わっている。(信教の自由は保障すべきだし、どの宗教でも末端の信者さんは善良で心優しい人が多いと私は思うが、組織を挙げて信者を洗脳し食い物にしたり反社会的行為に駆り立てたりするいわゆるカルト教団は、お薦めできない。)が、その前に、とても辛い家庭事情があった、と書いてある。それはここではリピートしないが、山上被告の母親を悪者にしさえすれば解決するといった簡単な問題ではない、もっと辛い問題がここには関わっている、とこの本で分かった(106~108頁)。
・「ロスジェネ」世代(およびそれより若い世代)の傾向として、新自由主義の自己責任論、老人の命の軽視、優生思想を内面化する、ということがある。山上被告もその一人だ。(110~113頁)。
・ツイートの内容を見ると相当にネトウヨ的だが、単純なネトウヨと同一でもない。旧統一教会が嫌い、だからそれを結果的に利する左翼リベラルは嫌い、ということのようだ(115頁)。
・安倍政治に対してはむしろシンパだったようだ(各種ツイートなど)。が、旧統一教会との結びつきにおいて、激しく批判するに至る(131頁)。
・フェミニストに対しては批判的で、むしろ「弱者男性」論に近い(123頁)。自分を「弱者男性」に追い込んだ社会構造全てに対する憎しみが見える(129頁)。
・新自由主義の自己責任論、「生活保護に頼る者は落伍者」といった見方を、山上被告は問題視し始める(133頁)。
・他に、民族差別、『ジョーカー』という映画、インセル(非自発的独身者)、見田宗介『まなざしの地獄』、宗教二世の問題、雨宮処凛(かりん)『生きさせろ!』などなどへの言及もあり、考えさせる。全体として、山上被告を含むロスジェネ世代(だけではなく全ての人)が尊厳を持って生きられる社会であるか? を問う書だ。ことは人権問題なのだ。
・著者の五野井氏による提案は、136頁以下に書いてある。「共生のネットワークを連係させ、・・公的な親密圏を育てる・・とりあえず身を寄せ、共にケアし合える場を創出する・・」「重要なのは、リーダーたる社会的エリートたちが・・民のために正しくふるまうこと」「『我をして生きさせよ』という『生存の政治』(栗原彬)の呼びかけがなされねばならない。」(136~138頁)などなど。ここは是非お読み下さい。