James Setouchi

 

 山崎豊子『沈まぬ太陽』新潮文庫

 

1 作者 山崎豊子 1924(大正13)年大阪生まれ。京都女子大国文科卒。毎日新聞記者を経て作家に。代表作『白い巨塔』『華麗なる一族』『不毛地帯』『二つの祖国』『大地の子』など。『沈まぬ太陽』は1995(平成7)年から「週刊新潮」連載、1999(平成11)年新潮社より刊行。

 

2 『沈まぬ太陽』のメイン・ストリーム

 全5巻。日本航空社員で実在した人物をモデルにした大作。

 

 第1巻と第2巻は「アフリカ篇」。国民航空のエリート社員・恩地元(はじめ)は、労働組合の委員長となり職場の待遇改善に取り組む。それはまた空の安全のためでもあった。が、「アカ」のレッテルを張られ、外国に左遷される。パキスタン、イラン、ケニアで10年間苦闘する。

 

 第3巻「御巣鷹山篇」。組合の仲間の努力が実りようやく恩地は帰国。が、御巣鷹山のジャンボ機墜落事故が起こる。生存者わずか4名、死者500人以上という、空前の大惨事となった。恩地は遺族係となって誠意をもって対応する。

 

 第4巻と第5巻は「会長室篇」。国民航空再建のため、首相の肝いりで関西経済界から国見正之が会長として就任、改革を断行しようとする。国見は優れた人格者だった。恩地は抜擢され会長室へ。しかし、抵抗勢力、官僚、政治家たちが利権でからみつき、改革は難航する。どちらが勝つのか? 最後まで予断を許さない。

 

3 感想

 第1・2巻では、「へえ、驚きだ」ということがいくつかあった。例えば、

 

その1 パキスタンではカースト制度の名残があり、こぼれたミルクについて、主婦が拭こうとすると止められた。テーブルのミルクは執事が拭き、床のミルクはスイーパーが拭いた。

 

その2 イラン(注意:王政時代が舞台)では商談でだまされないように気を付けないといけない。語学力、立派な風采、大邸宅に加えてロイヤルファミリー関係者のお出ましで、アメリカ企業も日本企業も大やけどを負う。

 

その3 ケニアでは野生の象を見る。一頭の象が衰弱し群れから脱落しそうになったその時、仲間が彼を牙で突いて安楽死させた。

 

 これらの記述は、本当なのだろうか? わからない。誰か知っていたら教えてください。

 

 第3巻では、墜落現場の描写が悲惨だった。遺族たちの打ちひしがれ嘆く姿も詳しく描写されている。御巣鷹山の事故は1985年に実際に起こった事故である。私はリアルタイムで覚えているが、小説を読んで改めてその恐ろしさに恐怖した。最近でも鉄道やバスで大きな事故が起こっている。利益のために安全・人命が後回しにされることがあってはならない。主人公・恩地の、遺族のために誠心誠意尽くす姿勢に打たれる。

 

 第4・5巻では、再建に挑む国見会長が実に格好いい。モデルがいるようだが、そのモデルがこんなに立派な人だったかどうかは知らない。当時の首相や政財界の黒幕もモデルを連想させる書きぶりになっていて、当時を知る人には随分と面白い。それにしても敵役の人々の悪辣なこと! 大企業のトップクラスでは本当にこんなことが行われているのだろうか? 知らない。恩地に自分を重ねて読めれば、トップ企業で陰謀渦巻く世界であったとしても、人間的なものを貫いていける、という手触りは得られるだろう。そこが作家の狙いだったのかもしれない。

 

4 別の視点から

(1)  恩地と国見は温かい人間の心を持っているが、敵役たちは利権に群がり陰謀を繰り広げる恐ろしい人々だ。これは、善玉悪玉のはっきりしている、言わば「水戸黄門」の現代版であるのかもしれない。この点、この小説は事実を持ち込みながらもやはりフィクションであり、「この小説で描かれた会社や人物が実在する、モデルはあの人だ、あの人はあんなにいい人(または悪い人)だったんだ」などと思い込んではいけない、ということになる。モデルとされた日本航空は社のイメージが悪くなるとしてこの小説を批判している。この点については論争がある。但し政官財界の癒着をけしからんものとしてリアルにどす黒く描き出し、その中で人間的な愛と正義を貫徹しようとした恩地や国見の偉大さを描き出すのには成功していると言えよう。(日航の実際の労務環境などについては私は知らない。)

 

(2)  恩地は超一流企業のエリートである。かつての会社員は(少なくとも男性は)大なり小なりサラリーマンとして恩地の苦労に共感するものがあるかもしれない。しかし、今の若者たちはそもそも正社員にもなれない。この点でギャップを感じるかもしれない。思えば、1990年代に日本企業は終身雇用を破壊する方向に動いた。本作はそのころに書かれた、過去のジャパニーズ・ビジネスマンの姿であるのかもしれない・・? 終身雇用にも功罪がある。最初の新卒・就職の時点で、大企業に入るかそうでないかで一生が決まってしまうのは、よくない。いわゆる「社畜」になる。が、生活が保障され、将来の見通しを持って努力できるのは良い。新自由主義の非正規使い捨て主義だと、将来が不安で、長期的見通しを持って努力することが、できなくなる。中途で会社を移れるが、将来の見通しが不安でなく、安心して継続的な努力できる社会が良い。そのためには? 北欧のシステムがヒントになろう。

 

(3)  Wikiを読んでいると、山崎豊子にはいくつもの盗作疑惑があるそうだ。本当だろうか?

 

(4)2009年(平成11)年映画化公開された。主演・渡部謙。