James Setouchi
早坂暁(あきら)『東京パラダイス』新潮社
1 著者 早坂暁(1929=昭和4年~2017=平成29年)
作家、脚本家。愛媛県北条町(現松山市)生まれ。松山中学→海軍兵学校→旧制松山高校→日大芸術学部を経て、映画・ドラマなどの脚本や小説・エッセイ等を書く。
代表作『天下御免』『夢千代日記』『花へんろ』『』ダウンタウン・ヒーローズ』『戦艦大和日記』『花へんろ風信帖』などなど多数。
2 コメント
図書館にあったので何気なく借りて読み始め、実に面白いので一気に読んでしまった。早坂暁自身とおぼしき主人公=語り手「私」が、戦後四国(北条という町。松山北部)から東京に行き、次々と騒動を起こす、というか騒動に巻き込まれる。実に面白いが、しかしこれ本当かなあ、本当だったらすごいなあ、でも創作だよな、と感嘆しながら読み進めた。以下内容(ネタバレあり)。
松山中学(旧制)での逸話から入る。次にナギサさんという女生徒が死ぬ、悲しくもおぞましい事件、三島由紀夫との奇妙な出会い、道後温泉では酔っぱらいの種田山頭火に出会う、と山盛りのエピソード。話があっちに行ったりこっちに行ったりするが、実はきちんとつじつまが合っている。
昭和27年2月、「私」は東京へ。受験と称して、本当は恋人のイチ子を探すためだった。イチ子はかつて「私」と恋仲だった、刺青のある女だ。「私」はダウンタウンでイチ子を愛したが、イチ子は行方不明になってしまったのだ。「私」はイチ子を探す旅に出るのだ。
東京では、イチ子を探すためにまず浅草に行くが、そこでいきなり永井荷風や悦見清(明らかに渥美清がモデル)に出会う。東大を形ばかり受験し本郷弓町の下宿(石川啄木がいた下宿)に住むが、たちまち東大ポポロ事件(東大の学生演劇「ポポロ劇団」に私服警官が紛れこんでいて、暴力事件となった、有名な事件。学問の自由などが問われた。)に巻き込まれて、警察に追われる身となってしまう。
「私」は西へ逃げ、多摩川を渡って横須賀に行き、朝鮮戦争で死んだアメリカ兵の死体処理のアルバイトをし、大金を握る。その金で今度は東に行き、隅田川を渡って玉の井遊郭(永井荷風が出入りした)へ。当時はまだ売春防止法以前で、「赤線」(売春、今では「買春」と言う、が行われていた)があった。玉の井もその一つ。そこでお雪という娼婦と知り合う。お雪は性病なのに働かされ搾取され脳を病み死んでいく。「私」はその現場に立ち会う。
まだまだエピソードは続く。「私」は売春禁止運動をする薫子という女性と出会う。大会社の社長の令嬢だ。薫子と組んで会社を作りひと儲けしようとしたり、しかし努力は水の泡になったり。全編この調子だ。
それでも「私」はイチ子を探し続けている。全体に笑わせたりハラハラさせたり考えさせたりの連続で息をつかせず読ませ、ラストは切なくなる。舞台は昭和27年の東京、戦争を引きずりつつも戦後のカオス(混沌)と復興の活気がある。俗悪な世界も堪能できる。早坂暁自身が破天荒なパワーを持った人なのだが、根底にはヒューマンな優しさ、弱い人へのいたわりがある。面白くて、感動させる。真の文学の一つ、という賛辞を謹呈したい。
(今は新潮社では買えないかもしれない。勉誠出版から出ているようだ。)