James Setouchi

 

 野上弥生子『真知子』

 

1      野上弥生子 1885~1985 

 大分県生れ。作家。家は醸造家で自由党とも関係がある。明治女学校に学ぶ。野上豊一郎(英文学者、能楽研究者)の妻。巣鴨近辺に住む。平塚雷鳥の『青鞜』とも近かった。代表作『海神丸』『大石良雄』『真知子』『迷路』『秀吉と利休』など。なお、夫の野上豊一郎と共に漱石に連なる。(集英社日本文学全集の年譜から)

 

2 『真知子』昭和3~5年連載。

 時代設定は昭和3年と思われる。3年前に関西の大学でいわゆる赤化問題があったとのこと。これが京都学連事件(大正14年)だとすると、現在は昭和3年。舞台は主に東京だが、北海道や東北も出てくる。

 

 主人公の真知子は、当時としては珍しい女子学生で、大学で社会学を聴講する。周囲は中産階級で、しきりに上中流階層との縁談を進めてくる。また、左翼は危険で悪だとの決めつけを持つ。真知子には納得できない。真知子には親友がある。東北の没落地主の娘で、米子と言う。米子は貧しい子どもたちのための奉仕活動に邁進する。真知子が出会う、上流階級の河井や、左翼運動家の関。真知子は周囲の中産階級のあり方に欺瞞を感じ、対して米子らの生き方が素晴らしいと感じている。だが、左翼運動家のやその近くにいる小峰に接するうち・・・

 

 これは、若い女性の縁談および家庭内の話を中心に進んでいるかに見えて、東北の地主や小作人の貧困、都会の労働者の貧困などを問題として描きこみ、かつ、左翼の理論と運動は、そのままでいいのか、道徳的な人間的完成が大事ではないか、を問う、一種の思想小説である。「『真知子』は大正末期から昭和初年にかけての日本の縮図として読むことができる」と解説の篠田一士は言う。野上弥生子は、地方でも都会でも貧富の格差が拡大し、虚栄に浸る富裕層と、日々の生活に苦しむ貧困層とが実在することを見据えてこれを書いている。そしてどうなるかは、ここでは書かないのだが・・左翼運動の内部よりは中産階級の内部の描写の方が詳しい。

 

3 登場人物の紹介(あまりネタバレしないように)

 

曽根真知子:二十代の女性。大学の聴講生。当時の女性としては珍しく高学歴。社会学を学び、社会問題に覚醒している。昭和初めの中産階級で、周囲にはいわゆる上流階級の紳士・淑女がいる。小石川の大きな家に在住。周囲が結婚せよ(嫁に行け)と言うのでうるさがっている。

 

曽根真知子の母(未亡人):夫は高級官僚だったが、亡くなった。

 

辰子:真知子の年長の姉。芝の上村家に嫁いでいる。

 

上村清三:辰子の夫。放蕩をする男。父親は多額納税議員。つまり富裕層。

 

みね子:真知子の姉。旧制高校教師・山瀬の妻。北海道在住。娘一人。

 

山瀬:みね子の夫。かつて曽根家の書生だった。今は高校(旧制)教師。生徒指導(いわゆる左傾学生の指導)担当。悪人ではないが、学究肌で、大学の教師になりたがっている。知的スノッブ。

 

兄:真知子の兄。生物学者。北海道在住。

 

堯子:生物学者である兄の妻。実家は田口家。田口家は目白の大きな病院。男子二人。

 

田口倉子:堯子の母親。夫は病院長。田口病院は富裕層を客としている。倉子は左翼運動をよく理解しないまま偏見を持って嫌っている。真知子の社会学にも偏見を持つ。上流階級との交際を鼻にかける俗物の典型。

 

外山:田口倉子の取り巻きの画家。

 

木村富美子:田口の娘。医師の木村の妻。若く、真知子とは仲がよい。

 

河井:イギリス帰りの考古学者。実家は徳川の血筋の名門。青山在住。姉はK国の大使の妻。上流階級。

 

柘植多喜子:華族(子爵)の娘。上流階級。田口倉子の口利きで河井と交際を始めるが・・・

 

大庭米子:真知子の学生仲間。東北の山林地主の娘。実家は没落している。左翼グループと関係があり、貧しい子どもたちのために奉仕をしようとする。

 

関:大庭米子の知り合い。東北の出身。左翼の実践家。学生だったが、京都学連事件で退学になり、裁判中。

 

小峰さん:関の知り合い。女性。貧しい労働者。