James Setouchi

 

谷崎潤一郎『猫と庄蔵と二人のおんな』

 

1        作者 谷崎潤一郎 明治19年(1886年)~昭和40年(1965年)。作家。日本近代を代表する文豪の一人。代表作『刺青(しせい)』『異端者の悲しみ』『痴人の愛』『卍(まんじ)』『蓼(たで)食う虫』『芦刈(あしかり)』『春琴抄』『少将滋幹(しげもと)の母』『鍵』『瘋癲(ふうてん)老人日記』等多数。評論『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』や、『源氏物語』の口語訳でも有名。東京生まれ。東京帝大国文科中退。永井荷風に激賞され作家的地位を確立。関東大震災を機に関西に移住。『細雪』などは関西の風土を背景にしている。妻をしばしば代えた。最初の妻・千代子を佐藤春夫に譲ったことでも有名。(新潮文庫巻末の年譜その他による。)

 

2 『猫と庄蔵と二人のおんな』

 『春琴抄』(昭和8年)の翌年、昭和9年に発表。当時谷崎はすでに関西に住んでおり(出身は東京)、何度か転居していたが、この時は兵庫県の芦屋に住んでいた。ここで谷崎は『源氏物語』全訳に取りかかり、また『猫と庄蔵と二人のおんな』を書いた。(芦屋市谷崎潤一郎記念館の展示から。サイトで見ることができる。)

 

 何とも奇妙な小説である。庄蔵は猫を愛する男。家業の荒物屋(家庭用雑貨を売る店)に身を入れず、猫のリリーを溺愛して10年になる。

 

 先妻の品子はしっかり者だったがそりが合わず4年で離婚。後妻の福子とは新婚1か月。つまり猫との同居の時間のほうが長い。

 

 猫には鰺(アジ)の切り身を噛んでやりほとんど口移しで食べさせるほどの密接ぶりだ。猫も庄蔵の愛情がわかるのか、よりそって生きている。人目があるとそっけないふりをするが二人(?)だけのときはべたべたしている。猫のあらゆる心理と動きを庄蔵は愛している。(もっとも、猫の気持ちは庄蔵が想像しているだけで、本当のところはわからないはずなのだが。)

 

 (以下ネタバレ)

 後妻の福子は庄蔵の従妹で、財産家だが男性関係が激しい。福子の父親としては早く身を固めさせたい。庄蔵の母親・おりんは、庄蔵が生活力がなく将来が不安で財産家と縁組させたい。また姑としてはしっかり者の前妻・品子が気に入らない。こういう(大人の?)事情で福子の父親とおりんとが策を弄して品子を追い出し福子と庄蔵を再婚させた経緯がある。

 

 これに対し品子がどう反撃するか? そこからストーリーは始まる。

 

 猫を溺愛する庄蔵を取り巻く近親者たちの愛憎がもう一つの主題なのだが、周囲の思惑にかかわらず庄蔵はだらだらと猫を愛し続ける

 

 変化があるのは先妻の品子だ。もとは猫嫌いだったのだが、いつの間にか猫を愛するようになっていた。

 

 すごいのは猫のリリーその人(?)で、あくまでも超然として好きなように振る舞い、愛され続ける。

 

 庄蔵は女たちに捨てられ、猫にも捨てられる。

 

 この世界は何か? そう、好き勝手なナオミとそれに振り回され献身し続ける主人公・河合譲治の『痴人の愛』の世界だ。ただし譲治の相手がナオミであるのに対し庄蔵の相手は猫のリリーであるというだけだ。

 

 谷崎は昭和9年(1934年)、満州事変を経て日中戦争に突入しようという時期にこういう作品を描いていた。石川達三の『蒼氓(そうぼう)』(ブラジル移民の話)は昭和10年だ。