James Setouchi

 

有吉佐和子『悪女について』『紀ノ川』

 

1 有吉佐和子(1931-1984)和歌市出身。東京女子大短大卒。カトリック教徒。代表作『地唄』(文学界新人賞)、『紀ノ川』、『非色』(人種問題を扱う)、『日高川』、『華岡青洲の妻』(女流文学賞)、『恍惚の人』(高齢者問題を扱う)、『複合汚染』(公害問題を扱う)、『悪女について』など。(新潮社のサイトそのほかを参照した。)

 

2 『悪女について』(昭和53年=1978年)

 小説。結構面白い。

 

 一人の女がビルから転落死した。女実業家で、大富豪。自殺か、他殺か、事故か。週刊誌では稀代の悪女と書き立てられた。この女、富小路公子(鈴木君子)について、本人を直接描かず、彼女に接した27人の語りを通して、間接的に描き出す物語。

 

 ある者は彼女を清く正しく心の優しい人だったと言う。ある人は「あんな女」と言う。真相はいずこに? 語り手の27人は、少しづつ嘘をついているかも知れない。大きく嘘をついているかも知れない。名探偵の推理が必要だ。錯綜した語りの中から、読み進むうち、彼女における真実らしき事柄が浮かび上がってくる。

 

 読者はそれぞれどう読むだろうか。ここで種明かし(ネタバレ)を行っては、読者の楽しみを奪う。だが、彼女における真実は、実に切ないものだ。『悪女について』という題だが、果たして彼女は「悪女」なのだろうか? この問いに逢着したとき、物語は反転する。

 

 では、彼女を口汚くののしる人々とは、一体何か。あるいは、口を極めて讃える人々も、嘘を交えている。彼らとは、一体何ものか。彼女を悪の権化のようにかき立てる大衆向け週刊誌とは、一体何か。ここに利己的で俗悪な大衆社会への皮肉も、作者・有吉佐和子は込めているように私は感じた。

 

 小説は昭和53年(1978年)発表だが、舞台設定は昭和25年(1950年)~50年(1975年)ころか。終戦直後の痛みをひきずり、しかし経済成長で日本が富裕化していく時代の世相も読み取れる。

 

3 『紀ノ川』(昭和34年=1959年)

 結構面白い。有吉が二十代後半で書いた小説。

 

 紀ノ川のほとりに暮らす、花という女性の一代記の体裁を取り、明治、大正、昭和(戦中戦後)にわたり、豊乃(花の祖母)、花、文緒(花の子)、華子(文緒の子)を描き込むことで、かつてはあって、今は失われた暮らしを描く

 

 紀州に広大な山林・田地を持つ素封家が、時代の変遷を経て没落する。女たちの価値観・生き方の世代間の相違も描く。

 

 明治の花は、女は生家を出て嫁入り先の家風に従い姑に尽し夫を立てるという生き方を実践する。

 

 大正の文緒は、封建的な田舎の気風への反抗で男女平等を叫び都会のエリートと結婚する。

 

 昭和一ケタの華子は、幼時から紀州を(日本を)知らず外国暮らしが長く、戦中の紀州への疎開がきっかけで先祖の地に興味を持つ。

 

 それぞれの生き方の違いを比べ、読者は倫理的な問いを持つ。

 

 同時に、風景や嫁入りの習俗、調度品、衣装などの描写が美しく、かつどこか懐かしい。花は紀ノ川に見とれて言う、「美(う)っついのし」(16頁)「紀ノ川ほど美っつい川はございませんよし」(174頁)、「まあ紀ノ川の、なんと美っつい」(184頁)。

 

 川は上流から下流に豊かに流れる。川が育んだ土地に、人々の暮らしがある。やがてそこからテイク・オフしてグローバルに活動し根無し草になるが、どこかで古き良き時代、自分の存在の根拠を形成したものの良さを再発見する。

 

 有吉が二十代でこれを書いたとは驚きだ。恐らくは作者・有吉佐和子自身は昭和一ケタ世代の華子に投影されている。有吉自身、エリート・サラリーマンの父に連れられジャワで過ごしたり戦争を経験したりしていることからそうと言える。有吉は、母や祖母から聞き取り、先祖の地・紀州の暮らしを書き留めておきたかったのではないか。先祖の生き方から豊かな生命を受け取るべく、この小説を書いたのではなかろうか。