James Setouchi

 

有吉佐和子『華岡青洲の妻』新潮文庫

 

1 有吉佐和子(1931-1984)和歌市出身。東京女子大短大卒。カトリック教徒。代表作『地唄』(文学界新人賞)、『紀ノ川』、『非色』(人種問題を扱う)、『日高川』、『華岡青洲の妻』(女流文学賞)、『恍惚の人』(高齢者問題を扱う)、『複合汚染』(公害問題を扱う)、『悪女について』など。(新潮社のサイトそのほかを参照した。)

 

2 『華岡青洲(はなおかせいしゅう)の妻』

 昭和41年発表。女流文学賞受賞作品。

 

 華岡青洲は、世界で初めて全身麻酔による乳がんの手術に成功した人和歌山県の町医者(外科医)だが、研究に研究を重ねて麻酔を用いた手術を人間に応用し、成功させた。本作はその華岡青洲の、妻と姑の確執を描きつつ、同時に、華岡青洲の医術に対する猛進ぶりも描く。医学部に行く人も読んでみるといいかもしれない。

 

 華岡青洲の妻の名は、加恵という。近隣の名門の一族の出身だ。が、望まれて、華岡青洲の妻となった。呼びに来たのは、華岡青洲の母、於継。於継は、大変美しい女性で、華岡青洲の父親・直道の妻となり、青洲を生んだ。青洲が京都に遊学している間に、青洲の嫁に欲しいとして、加恵の実を訪れたのだ。幼時から於継の母親の美しさに憧れていた加恵は、花岡家の嫁となる。当時は江戸時代なので、結婚は家と家の結婚であり、嫁は実家を出て夫の家に入る。そこには姑・美しい於継がいる。於継は、多恵を娘のようにかわいがり、二人は幸せだった。

 

 が、青洲が京都から帰郷すると、嫁と姑の関係は急変する。青洲という一人の男を挟んで、対立する関係になってしまった。どこの家にもあるであろう嫁と姑の確執。於継が完璧な(少なくとも外見は)女性であるがために、その確執は一層先鋭化した。青洲が麻酔の研究に没頭する。すでに動物実験は行った。次は人間で実験しなければならない。実験台に誰がなるか。この時、嫁と姑は、「われこそは」「いいえ、自分こそは」と競い合うのだった。それは外から見れば美しい献身の姿だった。が、二人の内面には嵐があった。それからどうなるか、はネタバレになるので書かない。有吉佐和子の筆は冴える。ここは是非本文で読んでいただきたい。

 

 もう一つ注目したいのは、華岡青洲の医術への猛進ぶりだ。

 

 京都遊学から帰ってきた青洲は父の直道(父も外科医)に言う。「外科に志すものは、まず内科に精通しておらんとあかんのですわ。できものの先を突いて膿を取るだけが外科やないのです。内科の医者が持て余したものを処理するのが外科やないですか。…外科医が持っている刀は、いわば武士の刀と同じことで、理非を正すように患者の内外をつぶさに診た後で見きわめて刀を下さないかんのですから」「儂の目標は日本の華佗(かだ。中国古代の伝説的な名医)たらんとすることですのや

 

 青洲は地元で臨床医の仕事をしつつ、麻酔の研究に打ち込み、多くの犬や猫を死なせる。近隣の者からは気味悪がられる。その挙げ句の、人体実験だった。母親と妻に試み、最後はついに全身麻酔による乳がん手術成功に至る。だが、すでに青洲の麻酔の実験は妻の目を奪っていた。さらに妹は血瘤で命を落とす。青洲には何もできなかった。「青洲にとって、自分の出来ることよりも出来ないことを思い知らされる機会が目の前に立ちはだかっているのであった。…医術の奥は深い。嘆息して、やがて彼は唇を嚙んだ。…」

 

 華岡青洲のもとには多くの俊秀が集まり、その名声は全国にとどろき、さらに国際的なものにもなるが、その青洲にして、成功の一方には、このような医術の奥深さに震撼する思いがあったのだ。