James Setouchi
池澤夏樹『静かな大地』朝日新聞社 2003(2007文庫化)
1 池澤夏樹
1945北海道帯広生まれ。東京育ち。埼玉大学理工学部物理学科中退。ギリシア、沖縄、フランスなどで過ごし、現在は北海道札幌に在住。代表作『スティル・ライフ』(芥川賞)、『母なる自然のおっぱい』(読売文学賞)、『マシアス・ギリの失脚』(谷崎賞)、『楽しい終末』(伊藤整賞)、『花を運ぶ妹』(毎日出版文化賞)、『すばらしい新世界』、『静かな大地』(親鸞賞)、『キップをなくして』、『光の指で触れよ』、『カデナ』、『双頭の船』、『アトミック・ボックス』、『キトラ・ボックス』など。(朝日文庫カバーの著者紹介他を参考にした。)
2 『静かな大地』2003年に朝日新聞社から出版。2007年に朝日文庫から出た。
小説。つまりフィクション。だが、モデルがある。作者・池澤夏樹の母方の曽祖父である原條迂(すすむ)とその兄・原條新次郎だ。彼らは実在の人物であり、その事跡を材料にしながら、しかしフィクションにしたのがこの小説だ。
主人公は宗形(むなかた)三郎と志郎の兄弟。彼らは淡路島の下級武士の出身だが、明治維新で北海道に渡りアイヌと共に牧場を開き、栄える。だが、周囲の妬みや無理解に合い、三郎は明治30年に悲劇的な最期を迎える。その後生きのびた志郎の娘・宗形由良が、生存者の昔語りなどを収集し、三郎についての伝記を語り明かしてゆく、という体裁を取っている。由良が生きている現在は昭和の初め、大日本帝国が中国大陸で本格的な戦争に突入していく時代であり、本書全体として、自然の中で生きるアイヌの文化に学ぶべきことがある、アイヌを放逐してきた和人とは何か、大日本帝国とは何か、などの問いが問われる。
宗形三郎は十代で札幌の学校で農業と牧畜を学ぶ。彼は言う、「私は持って生まれた力を、所を得て発揮し、多くの人を導く立場に立ちたいと願っている。/学問に励むのは何も自分の出世の為ばかりではなく、その学問が皆々の暮らしの向上に役立つようにと考えてのことである。」(文庫172頁)
私たちは何のために学んでいるのだろうか? 宗形三郎は、学校で学んだ新知識・新技術を実地に応用し、アイヌの人々と共に宗形牧場を作り、成功する。場所は北海道・日高の静内(しずない)に近い遠別(とおべつ。現在は東別)というところだ。
宗形三郎はアイヌを差別しない。アイヌは松前藩に収奪されたとき以来、新しく入ってきた和人たちに差別され搾取されてきた。しかし、宗形三郎はアイヌを差別しない。むしろアイヌの人々と親しく、家族になり、共に生きようとする。
熊の神キムンカムイが宗形三郎に現れて言う「今、和人は驕っているが、それが世の末まで続くわけではない。…与えられる以上を貪ってはいけないのだ。いつか、ずっと遠い先にだが、和人がアイヌの知恵を求める時が来るだろう。神と人と大地の調和の意味を覚る日が来るだろう。…時の流れのはるか先の方に、アイヌと知恵ある和人が手を取り合って踊る姿がわしには見える。天から降ったものを争うことなく分ける様が見える。…」
だが、三郎の成功を他の和人たちは妬み、憎み、妨害した。結果として、悲劇が起こる。
この小説は、アイヌに対する差別を扱った小説でもあり、自然との共生を扱った小説でもある。
三郎の課題は生き残った者たちに引き継がれる。すなわち、今を生きている私たち自身に引き継がれている。与えられた自然の恵み以上に大量に収奪し、大量に生産し、大量に消費し、大量に廃棄し、それゆえ大量の破壊を続け、弱者(少数民族や発言力の小さい人びと)にしわよせを押し付ける私たちの社会のありかた。これに対し、それとは違うタイプの、SutainableなDevelopmentのためのGoalsを設定し最後のどの一人までもがしわ寄せを蒙らず幸せになれる社会をいかに築くか。その挑戦は、すでに私たちの中で具体的に模索されている。あなたは、これを読んで、どのように考えますか?