James Setouchi

 

ギイ・ド・モーパッサン『女の一生』Guy de Maupassant “Une Vie”

 

1      ギイ・ド・モーパッサン 1850~1893

 フランスの作家。ノルマンディー生まれ。父親は貴族。母親も名門ブルジョアの出身。が、夫婦仲が悪く別居。ギイは神学校に学ぶが退校、フローベールらと交わる。一時海軍省や文部省に勤めるが、作家となる。ツルゲーネフらとも親交がある。代表作『脂肪の塊』『女の一生』『ベラミ』『モントリオール』『ピエールとジャン』『オリーヴ畑』など。(集英社世界文学全集の年譜などを参照した。)

 

2 『女の一生』(1883年連載)(ネタバレあり)(『ある命』とも訳出できるそうだ。)

 

(1)文字通り、ある女性の一生を描く。時代設定は1819年以降。舞台はノルマンディー地方。海峡の近く、イポールの村。そこにレ・プープルの館がある。主人公・ジャヌは男爵家の令嬢だが、修道院生活を経て17歳で善良な両親の元に戻り、このレ・プープルの館で生活を始める。ハンサムな子爵と知り合い、結婚生活を始めるが、夫の浮気が発覚、人生に絶望する。生まれた子どもポールを溺愛することに生きがいを求めるが、やがてそのポールも家を出て勝手な生活を始める。両親は死に、家産は傾き、ついに思い出深いレ・プープルの館も人手に渡る。全てを失ったジャヌはどうすればいいのだろうか。大変辛い悲劇だ。

 集英社世界文学全集の解説の中村光夫によれば、ジャヌはモーパッサンの母親がモデルだと言う。他の登場人物たちもそれぞれに強烈な存在感があり、傑作。トルストイは本作に最大級の賛辞を捧げた。(前述、中村光夫による。)

 

(2)以下、主な登場人物。

ジャヌ:男爵令嬢。世間知らずで善良。自分のロマンティックな夢想にふけりがち。生活能力は乏しい。

男爵:ジャヌの父親。善良な人。/男爵夫人:ジャヌの母親。肥りすぎて苦しんでいる。

ジュリヤン:子爵。ジャヌと結婚する。が、財政にうるさく、けち。女性にすぐ手を出し、ジャヌを苦しめる。

ポール:ジャヌとジュリヤンの子。ジャヌに溺愛されて育つが、都会に勉強に出てからは身を持ち崩す。

リゾン叔母さん:男爵夫人の妹。影の薄い薄幸の人。

ロザリ:ジャヌの乳姉妹で女中。だが、実はジュリアンの子を産む。そして…

フルヴィル伯爵:猟の好きな伯爵。一見怖そうだが、じつはいい人。ジャヌにも親切にする。

フルヴィル伯爵夫人(ジルベルト):伯爵に愛されているが、ジュリアンと不倫に走る。そして…

ピコ神父:近所のカトリック神父。ジャヌの悩みに付き合う。

トルビヤク神父:ピコ神父の後任。狂信的で、ふしだらな男女の愛を攻撃する。

ドニ・ルコック:ジュリヤンとロザリの子。

ラスチック爺さん:近所の漁師。/パオリ・パラブレッチ:コルシカ島の住人。

 

(3)いくつかの視点 途中に読ませるところがいくつもある。

 

・自然描写が美しい。特にノルマンディー地方の自然描写が大変美しい。修道院から出てきたばかりで何も知らない無垢なジャヌの目に、美しい自然が次々と飛び込む。モーパッサンはノルマンディーの風土色の強い作家と言われる。

 

コルシカ島の描写が面白い。ジャヌが新婚旅行で訪れたコルシカ島は、独特の生活を持った人の住む異世界だった。

 

・フルヴィル伯爵夫妻との関わりが衝撃だ。最初は何と言うこともない田舎の貴族の社交に見えて、急転直下…(以下はお読み下さい)

 

・トルビヤク神父の存在が強烈だ。前任のピコ神父は、土地の人びとの生活習慣と何とか折り合いをつけてそれなりにうまくやっていく神父だった。だが、信任のトルビヤク神父は、特に男女のふしだらな関係については狂信的なほど潔癖で、人びとを糾弾する。トルビヤク神父と男爵他の対立には、生殖や生産をどう考えるかの神学論争が書き込まれていると言える。

 

・息子ポールの問題で苦しむジャヌ。親になっても苦しみは続く。これぞ「女の一生」だ。

 

・ラスト、落ちぶれたジャヌの前に現われたのは、乳姉妹のロザリだった。ロザリはジュリアンと不倫したが、男爵から大金を貰い生き延び得た。今度はロザリがジャヌを助ける。身分は低いが生活の知恵があり、逞しい女性だ。ジャヌの息子ポールの子をロザリは連れて帰る。ロザリは言う、「世の中なんて、ほんとに、ひとが思うほど善いものでも悪いものでもありませんよ、ねえ」。

 

・題のUneVieは「ある生命」とも訳する。ラストで登場するこの孫の生命が誕生するまでの長い長い前史で、この孫はこれからの人生を生きる、という話とも読める。

   

(フランス文学)ラブレー、モンテーニュ、モリエール、ユゴー、スタンダール、バルザック、フローベール、ゾラ、ボードレール、ランボー、ヴェルレーヌ、マラルメ、カミュ、サルトル、マルロー、テグジュペリ、ベケット、イヨネスコ、プルースト、ジッド、サガンなどなど多くの作家・詩人がいる。中江兆民、永井荷風、小林秀雄、遠藤周作、大江健三郎らはフランス文学科に学び多くを得た。