James Setouchi

 

エイモス・チュツオーラ『薬草まじない』土屋哲・訳 岩波文庫

             Amos Tutuola “The Witch-Herbalist of the Remote Town”

 

1 作者:エイモス・チュツオーラ 1920~1997年。

 ナイジェリアの作家。英語で書く。代表作『やし酒飲み』『薬草まじない』など。現代アフリカ文学の草分け的存在、パイオニア。ナイジェリアのアベオクタ生まれ。父はココア園の農夫、両親ともキリスト教徒。苦学しながら救世軍学校やラゴスの高校などに学ぶ。英国空軍に勤務。1941年からほぼ2年間ビルマ戦線(相手は大日本帝国)にもいた。戦後労働局の小遣いをしながら1946年『やし酒飲み』を書き評判となる。ナイジェリア放送協会に勤務ののち商売をする。1981年『薬草まじない』を書く。(巻末の土屋哲の解説から)。

 

 現代のナイジェリアのヨルバ人(ナイジェリアなどに約3000万人いる)の世界は、「アフリカ的伝統」と植民地主義・西洋化・近代化・国民意識・グローバル化・文化変容などが微妙なバランスでせめぎあっている、と解説の旦敬介は言う(348ペ)。

 

2 訳者:土屋哲(さとる)(1923~2007)

 和歌山県出身、東大卒。明大教授。ナイロビ大学でも教えた。アフリカ文学を日本に紹介した。

 

3 『薬草まじない』1981年。

 

 主人公=語り手「わたし」の冒険譚。「わたし」は結婚するが妻に子どもができないのは残念だとして、「さい果ての町」にいると言う女薬草まじない師に不妊治療の薬をもらいに行く旅に出る。

 

 (以下、ネタバレします。)

 途中、様々な強敵が現われ、「わたし」は戦う。尾なし猿、蹲踞(そんきょ)の姿勢の男、野生のジャングルの人間たち(「わたし」は町の人間で彼らとは折り合えない)、頭の取り外しの聞く男、巨大な悪鬼、強くて勇敢な門番、醜怪な悪鬼崇拝者たち、ロードサイドタウンの兵士たちなど、数々の敵が現われては「わたし」を脅かす。このあたりは、旅をしながら敵を倒す、テレビゲームのような感じだろうか。(ヨーロッパ中世の聖杯物語に似ている、と訳者の土屋哲は言う。)(ジャングルものの底流に潜む恐怖には、ビルマ体験の恐怖が影響しているかもしれない、と土屋哲は示唆する。)

 

 また、「生まれながらにして死んでいる赤ん坊」の一族の町にも行く。(「生まれながらにして死んでいる赤ん坊」とは何か? 生も死も一度きりではない、と作者は言いたげである。)

 

 やっとのことで「さい果ての町」に着く。そこは実に素晴らしいところだった。そこで女薬草まじない師(聖母さま)に会い、特効薬をもらい、帰途に就く。

 

 だが、「あなたは決して飲んではいけない」と言われていた特効薬を、「わたし」は空腹のあまり飲んでしまう。無事故郷に帰り、周囲の祝福を得て、妻に特効薬を飲ませた。おかげで妻は懐妊した。だが、同時に「わたし」自身も懐妊してしまう!

 

 ここからが実に面白い。男なのに妊娠した「わたし」を故郷の人々は気味悪がり川の神への供物として捧げてしまう。「わたし」は妻とともに川に沈む。だが川の神様は実は温かい方で、「わたし」たちを暖かく遇する。妻はめでたく出産し、「わたし」の妊娠も収まり、ふたりは円満に故郷に帰る。人身御供の習慣も川の神様の指示でそれ以来なくなった。

 

 めでたしめでたし、なのだが、続きがある。「わたし」を旅の途中で導いた「第一の心」「第二の心」が、その不適切な指導ゆえに、「わたしの記憶力」から裁判で訴えられ、有罪になる。そこに「わたしの第二の最高神」が現われ、罪の軽減を訴える。

 

4 付言 

 アフリカの文学について詳しくないので読んでみた。

 ナイジェリアは西アフリカにあり、面積は日本の2.5倍、人口は2億。首都はアブジャ。旧首都のラゴスは人口1000万人以上。ハウサ族、ヨルバ族、イボ族など複数の民族がいる。イスラム教、キリスト教、伝統宗教などがある。(外務省のHPなどから。)

 

*岩波文庫が頑張ってくれているおかげで読めた。

 

 アフリカ関連では、ムルアカ『中国が喰いモノにするアフリカを日本が救う』(アフリカと中国と日本)、勝俣誠『新・現代アフリカ入門 人々が変える大陸』(2013年現在の政治経済)、中村安希『インパラの朝』(旅行記、アフリカ全般)、チュツオーラ『薬草まじない』(小説、ナイジェリア)、マイケル・ウィリアムズ『路上のストライカー』(小説、ジンバブエと南アフリカ)、クッツェー『マイケル・K』(小説、南アフリカ)、ナポリ&ネルソン『ワンガリ・マータイさんとケニアの木々』(絵本、ケニア)、曽野綾子『哀歌』(小説、ルワンダ)、宮本正興・松田素二『新書アフリカ史』(歴史)、山崎豊子『沈まぬ太陽』(小説)などなど。                   

                             2020.7.28記