James Setouchi

 

スタンダール『パルムの僧院』(フランス文学)

 

Stendhal “La Chartreuse de Parme”

 

1 スタンダール 1783年~1842年

 フランスの作家。代表作『恋愛論』『アルマンス』『赤と黒』『パルムの僧院』『カストロの尼』など。本名アンリ・ベール。若い頃ナポレオンの軍隊に参加。ナポレオン没落後はミラノ滞在、メチルドとの叶わない片思いなどを経て『恋愛論』出版。1830年の7月革命の後、イタリアのトリエステやチビタベッキアの領事となる。『赤と黒』『パルムの僧院』を書く。生前は作家としては無名で、没後有名になる。今では世界作家の一人に数えられる。

 

2 『パルムの僧院』

 1838年、作者55歳の時にわずか53日で(口述筆記も含め)書いた。

 主人公ファブリツィオ・デル・ドンゴは、ミラノの大貴族の若者。ナポレオンを崇拝しワーテルローの戦いに参加するが、告発され、パルマ公国に逃れる。叔母ジーナの援助で救われるが、旅芸人との喧嘩で殺人を犯してしまい、ファルネーゼ城に幽閉される。そこで美しいクレリアと恋に落ちる。幽閉された独房の窓から見えるクレリアに信号を送るのが彼の唯一の生き甲斐だった。叔母ジーナ(サンセヴェリーナ侯爵夫人)やパルマの首相モスカ伯爵の尽力で救い出されるも、クレリアを忘れることができない。

 

 ここから先を書いてしまっていいだろうか? 物語はさらに意外な展開を見せる。叔母ジーナやモスカ伯爵の庇護によりファブリツィオは大司教補佐、さらに大司教にまで出世する。が彼の心は常にクレリアにあった。クレリアはすでに他の貴族の妻となっていたが、ファブリツィオはクレリアと密通し不義の子をもうける。そして・・・

 

3 感想

 渡辺一夫(フランス文学者)は、スタンダールをロマン主義と写実主義の中間にある作家、と紹介している(『曲説フランス文学』)。たしかに、ロマン的情熱を持った主人公を描きつつ、主人公が社会の現実の中で抑圧され虚無感を抱きつつ生きる(それゆえ情熱は有る方向に噴出する)姿を、冷静によく観察して写し得ている。だがそのような文学史的位置づけはともあれ、読んで面白い小説であり、何かが残ることは間違いない。

 

 『赤と黒』と比べてみると、『赤と黒』のジュリアン・ソレルは成り上がり者で策略家、『パルムの僧院』のファブリツィオは大貴族の出身で自らは策略をふるわない(策略を使って彼を守るのは彼を愛する叔母ジーナである)、と対照的だが、情熱的で、愛ゆえに結局は全てを失う、という点では全く同じである。

 

 ファルネーゼ城から解放され自由の身となったファブリツィオは、しかしクレリアと会えなくなったことを嘆くばかり。ついに自ら城に幽閉されに戻ってしまう。また司教補佐として出世していったときも、何の情熱も抱けず、別れたクレリアのことを思うばかり。人間の生きている喜びはどこにあるのか。幽閉され狭い一室に暮らしながら一心にクレリアとの心の交流を求めていた時のファブリツィオが最も幸福なファブリツィオだったのかもしれない。人間とはこんなにも矛盾に満ち愚かしくもすばらしい存在であるのだ。

 

 この小説は、スタンダールの人間を描く情熱が噴出した、人間賛歌である。

 

*フランスの作家には、スタンダール、バルザック、デュマ、ユゴー、フローベル、ゾラ、モーパッサン、ジッド、テグジュペリ、マルロー、サルトル、カミュなどなどがあり、日本文学もこれらから多くを学んだ。フランスの文学・思想から学んだ日本人は、中江兆民、田山花袋、黒岩涙香、高村光太郎、永井荷風、堀口大学、渡辺一夫、小林秀雄、大岡昇平、岡本太郎、大江健三郎ほか多数ある。