James Setouchi

 

ロマン・ロラン『ジャン・クリストフ』

 

Romain Rolland“Jean Christophe”

 

1 ロマン・ロラン(1866~1944)

 フランスの作家。ブルゴーニュ地方生まれ。パリで歴史学を学び、芸術史や音楽史を教えた。『ダントン』『ベートーヴェン』『ミケランジェロ』『トルストイ』『ジャン・クリストフ』『ガンディー』『ラーマクリシュナ』『戦乱を越えて』『クレランボー』『魅せられたる魂』などの作品がある。1916年ノーベル文学賞受賞。第1次大戦時はフランス・ドイツが争うことの愚を訴え、ナショナリズムに取りつかれていたフランス国民から国賊と糾弾された。ヒューマニズム、平和主義、反ファシズムの作家として世界的に有名である一方、大仰な使命感、誇張の多い文体、スターリン主義の惨禍に目をつむったなどの点が批判されている。(集英社世界文学全集を参考にした。)

 

2 『ジャン・クリストフ』

 ライン河畔の貧しい音楽一家に生れた主人公ジャン・クリストフは,人間として,芸術家として,不屈の気魄をもって,生涯,真実を追求しつづける.この,傷つきつつも闘うことを決してやめない人間像は,時代と国境をこえて,人びとに勇気と指針を与えてきた.偉大なヒューマニスト作家ロマン・ローランの不朽の名作。(岩波書店の紹介文から)

 

 1904~1912年にわたり発表。作者の文名を一気に高めた。ベートーヴェンと自分自身をモデルにしたと言われる。教養小説(人間形成の過程を描く小説)として読めるし、因襲、腐敗、策謀と無気力の支配する社会を批判した文明批判の書としても読める。生命の高揚、歓喜と希望、誠実・勇気・熱情、人間愛をうたいあげたロランの人間観、世界観、芸術観のすべてが結晶したまさに交響曲的な作品。ロラン自身はライン河の流れにたとえ大河小説と称した。(集英社世界文学全集ではほぼこのように解説する。)

 

 上記の、岩波書店と集英社世界文学全集の解説は、主人公ジャン・クリストフの、情熱的で不屈の魂に注目し、そこに作者ロマン・ロランの人間観・世界観が描かれているとする点で共通している。『ジャン・クリストフ』を読み終えた読後感はまさにそのようなものであり、多くの人がこの解説に賛同することだろう。

 

 私はもう一つ、印象に残っているところがある。それは、アントアネットという女性のことだ。彼女の実家は没落し両親が死去、貧窮となったアントアネットは、弟オリヴィエに望みをかけ弟のために働く。働く仕事は家庭教師などの不安定な下働きの仕事だ。しかしアントアネットは辛抱し、努力し、働き、倹約し、弟を育てる。ある時アントアネットはジャン・クリストフと邂逅する。それは一度の、偶然の邂逅だったが、両者の魂に強い印象を残す。アントアネットは弟を育て、病に陥り死んでいく。世間的に見れば報われない、不幸続きの一生だったということだろうか。だが、アンアネットの奮闘努力する姿と弟への愛情は強烈な印象を残す。弟オリヴィエはやがてクリストフと交わり後半部の重要人鬱となる。『ジャン・クリストフ』は長い小説で、全文読んでほしいが、時間のない人も、このアントアネットの章だけでも通読してみてほしい。

 

*フランスの作家には、スタンダール、バルザック、デュマ、ユゴー、フローベル、ゾラ、モーパッサン、ジッド、テグジュペリ、マルロー、サルトル、カミュなどなどがあり、日本文学もこれらから多くを学んだ。フランスの文学・思想から学んだ日本人は、中江兆民、田山花袋、黒岩涙香、高村光太郎、永井荷風、堀口大学、渡辺一夫、小林秀雄、大岡昇平、岡本太郎、遠藤周作、大江健三郎、内田樹ほか多数ある。