James Setouchi

 

ユルスナール『とどめの一撃』岩波文庫 

 

1 作者マルグリット・ユルスナールMarguerite Yourcenar 1903~1987

 フランスの作家(女性)。本名Marguerite de Crayencour。ブリュッセル生れ。父はフランス貴族の末裔。生後すぐ母を失う。幼時から仏、英、ギリシア、中近東などの滞在。ラテン語、ギリシア語を学び、古典的教養を身につけた。16才で処女詩集を自費出版。1929年『アレクシあるいは空しい戦いについて』で文壇に登場。1939年『とどめの一撃』。1939年以降しばらくアメリカ在住。1951年帰仏、『ハドリアヌス帝の回想』、1968年『黒の過程』(フィミナ賞)など。1971年レジオン・ドヌール勲章。1980年女性として初めてアカデミー・フランセーズ会員に推挙さる。1981年『三島あるいは空虚のヴィジョン』(三島由紀夫について)。1982年日本にも滞在したことがある。(集英社世界文学事典ほかを参照した。)

 

2 『とどめの一撃』“Le Coup de Grace”  岩崎力・訳 岩波文庫1995年

 1939年、第2次大戦勃発の直前に発表。背景はロシア革命の動乱を背景としており、舞台はバルト海沿岸の片田舎クラトヴィツエを主な舞台とする。ロシア革命で赤軍が現われ、他方反革命(反ボルシェヴィキ)の闘争も現われ、過酷な内戦となる。ロシア人、ラトヴィア人、ドイツ人らが入り交じる。その中にエリックとソフィアの悲劇的な恋(?)が展開する。それら全てが終わった後、十五年の歳月を経て、語り手は過去を回想して語る。

 

 作者自身による序文が1962年3月30日の日付でついている。こう読んでほしい、誤読しないでほしいということだろう。

 

 岩波文庫解説の岩崎力によれば、ユルスナールはアンドレ・フレニョーという恋人(かなえられなれず抹消された恋の相手)がいたと言われている。但し安易に伝記的事実を持ち込んで作品を矮小化して理解した気になることは慎まなければならない。

登場人物を少し挙げてみよう。以下ややネタバレを含む。

 

エリック:語り手。バルト系とフランス系の混じったプロシア人。落ちぶれた貴族の子孫。父親はフランスに親近感を抱いていたにもかかわらず、フランス軍に撃たれて死亡。エリックはボルシェヴィキに対しては階級的敵意を抱いており、反ボルシェヴィキ闘争のフォン・ヴィルツ男爵の志願兵部隊に参加する。コンラートという親友がいる。その姉・ソフィアと恋(?)の葛藤をするに至る。

コンラート:エリックの親友。ロシアの血の混じったバルト人。貴族の末裔。病弱。父親はドイツの収容所で死亡。

ソフィア(ソーニャ):コンラートの姉。エリックと同年。貴族の娘。その邸は反革命軍の兵士たちのたまり場になる。エリックと恋(?)に落ちるが・・・?

グリゴリ・レーヴ:本屋のセールスマン。小柄なユダヤ人。ソフィーと親交があったが、今は赤軍中尉。

ミシェル:ソフィーの邸の庭師。

フランツ・フォン・アーラント:若い兵士。

ショパン:軍曹。良識の持ち主。

フォルクマール:同僚でライバル。野心家で利害にさとく、エリックにとって不愉快な男。

 

3 コメント

 最後まで読むと、『とどめの一撃』という題名の意味が分かる。ずしんと重い一撃だった。