James Setouchi
ナサニエル・ホーソーン『緋文字』Nathaniel Hawthorne“The Scarlet Letter”
1 ナサニエル・ホーソン Nathaniel Hawthorne 1804年~1864、アメリカ
マサチューセッツ州セイレム生まれ。移民六代目。移民二代目のジョンは1692年のセイレム魔女裁判の判事だった。ナタニエルの父親は船長で南米で客死。ナサニエルは7月4日生まれ。つまりアメリカ独立記念日が誕生日。幼少期から読書に親しみ、ボウドン大学に学んだ後文筆業となる。一時ボストン税関やセイレム税関などに勤務。リヴァプール領事などになったことも。代表作『トワイス=トールド・テールズ』『緋文字』『七破風の屋敷』『フランクリン・ピアス伝』『大理石の牧羊神』『われの故郷』など。
(集英社世界文学全集の大橋健三郎の記述などを参考にした。)
2 『緋文字』“The Scarlet Letter” (ネタバレします)
(1) 登場人物
ヘスター・プリン:夫ある身で牧師と姦通した女。罰として胸に赤いAの文字をつけて生活する。
パール:ヘスター・プリンの娘。ヘスターの作る華やかな衣装をまとう。
アーサー・ディムズデール:若くて人望のある牧師。実はヘスター・プリンの姦通相手だった。
ロージャー・チリングワース:ヘスター・プリンのもと夫。高齢の植物学者で医師。荒野を放浪してきた。ディムズデールの秘密を見抜き復讐のためつけねらう。
ジョン・ウィルソン:年長のこころやさしい牧師。
ベリンガム知事:マサチューセッツ州の知事。
ヒビンズ夫人:ベリンガム知事の妹。森をさまよい悪魔と語る。のちに魔女として処刑された。
(2) あらすじ(ネタバレ有)
舞台はアメリカ東部ニュー・イングランド地方、時代はアメリカ草創期。『緋文字』は1850年(南北戦争の前)出版で、時代設定は語りの時点より二百年以上昔、となっているので、1650年ころ、つまりイギリス清教徒革命のころ、アメリカに入植者が来始めた頃と考えられる。(メイフラワー号上陸は1620年。)ヘスター・プリンが姦通罪で捕らえられ、有罪判決を受け、さらし台で人びとの目にさらされる所から始まる。姦通の相手が誰かをヘスターは口にしない。幼い娘・パールは感受性の鋭い子で周囲から「悪魔の子」と呼ばれる。ヘスターは黙って贖罪の日々を送り、困っている人や弱っている人に寄り添う生活を続け、次第に地元での周囲の人びとの信望が高まる。もと夫のロージャー・チリングワースが接近し、姦通相手がアーサー・ディムズデール牧師だと見抜く。チリングワースは復讐のためディムズデールに接近し心理的に追い詰めてゆく。その姿は悪魔に魂を売った者のようだ。ディムズデール牧師は教区の信者たちから強い尊敬を受けており、それゆえ一層内心の強烈な罪の意識に苦悩する。
やがてヘスター・プリンはディムズデールと再会、二人は海外への逃避行を決意するが、ディムズデールは衆人に己の罪を告白するさなか憤死。ディムズデール牧師の胸には、自ら刻んだ緋文字Aが記されていた!
のちチリングワースも死去、莫大な財産をパールが相続。ヘスターとパールは外国へ。やがてヘスターはそこで罪を犯しそこで悲しみを得たニュー・イングランドに戻ってきて、苦しむ女たちの傍らに寄り添いつつ暮らし、そこで死んだ。
(3) コメント
これはニュー・イングランドの「敬虔な」プロテスタンティズムの風土の中から出てきた小説と言うべきか。ヘスターはあらかじめ姦通をおかした罪深い女として登場する。彼女をさらし者にする人びとは容赦ない。他方、寛容な女性もある。ヘスターは胸に緋文字A(姦通AdulteryのA)をつけ、黙って贖罪の日々を送る。その努力の結果、街の人びとから一定の信頼を得るに至る。緋文字Aはすでに罪の象徴ではなく、有能Ableや天使Angelの頭文字かもしれない。彼女に施されたスティグマは、むしろ彼女を聖別する徴であるかのようだ。原罪を背負うキリスト教徒は、かえって神の栄光を現すということか。対して、ディムズデール牧師は尊敬される牧師だが、その内面に罪の意識は深く深く刻み込まれており、それゆえ牧師は健康を害してゆく。牧師の胸に自ら刻んだ緋文字Aが現われるところは圧巻だ。ヘスターの衣装に刺繍した緋文字Aよりもさらに残酷な、牧師自身が自らの良心において自らの身体に刻み込んだ緋文字A。これは実に痛々しい。告白の後憤死し神のもとに行ったのか。ヘスターのもと夫・チリングワースは、自らの正しさを主張するうち、自らが復讐の悪鬼となっていることに気付かない。独善的チリングワークこそ悪魔に魂を取られていたに違いない。情熱的なパールは、若きヘスターとディムズデールの情熱の結晶だ。パールは新しい世代として新しい生き方をするに違いない。草創期のプロテスタントたちの苦闘を経て、新しいアメリカ(AmericaもAだ)が誕生する。
(アメリカ文学)ポー、エマソン、ソロー、ストウ、ホーソーン、メルヴィル、ホイットマン、M・トゥエイン、オー・ヘンリー、ドライサー、ロンドン、エリオット、フィッツジェラルド、ヘミングウェイ、バック、フォークナー、スタインベック、カポーティ、ミラー、サリンジャー、メイラー、アップダイク、フィリップ・ロス、カーヴァー、オブライエンなどなどがある。