James Setouchi

 

フィッツジェラルド『メイ・デイ』佐伯泰樹・訳(岩波文庫の短編集)

Scott Fitzgerald“May Day”

 

1 スコット・フィッツジェラルド

 1896~1940。プリンストン大学中退。軍隊にもいた。流行作家となる。『偉大なるギャツビー』は傑作。後年美しい妻ゼルダの浪費と病に苦しみ、没落の予感と、それでもなおよき人間でありたいとする願いとの狭間で『夜はやさし』『ラスト・タイクーン』などを書くが、病を得て没。

 

2 『メイ・デイ』

 1920年『スマート・セット』に掲載。フィッツジェラルドは24才。恋い焦がれるゼルダに結婚は出来ないと言われ失意の時期に書いた。舞台はニュー・ヨーク、時代設定は1920年5月のメイ・デイの日。メイ・デイとは、労働者が団結して集会を開く日でもある(当時は1917年のロシア革命の直後でもある)が、古くはローマ神話で春の女神マイアを祭る儀式に淵源を持ち、女王(メイ・クィーン)を選び柱(メイ・ポール)の周りを踊り回る五月祭(メイ・ディ)でもある(岩波文庫解説などから)。

 

 登場人物を紹介すると;

ゴードン:名門イエール大学の卒業生だが、第1次大戦のフランスから2月に帰還したばかり。輸出関連の会社に就職するも解雇され、生活にも困っている。戦争でPTSDを負っていると考えられる。かつては絵画に才能があり、イーディスという美しい女性とも交際していたが…。

ディーン:イエール大学の卒業生。経済的に成功している。

イーディス・ブレイディン:美しい女性。社交サークルの花形。言わば本日のメイ・デイのパーティの女王。

ピーター:イーディスがパーティーに連れてくるパートナー。

ヘンリー・ブレイディン:イーディスの兄。新聞社勤務。社会主義者で理想主義者。

バーソロミュー:ヘンリーの同僚。肥った男。

ジューエル:ゴードンと関係のある派手な女。ゴードンはジューエルを嫌っている。

ガス・ローズ:貧しい帰還兵。

キャロル・キイ:貧しい帰還兵。ローズの連れ。混乱に巻き込まれ転落死する。

ジョージ・キイ:キイの兄。ウェイター。

帰還兵たち:大戦から帰還したが、ニューヨークで不満を募らせ、社会主義者たちに暴力的に襲いかかる。

ニューヨークの人々:大戦の戦勝気分に沸く。

 

3 コメント(ネタバレあり):結構面白い。若くしてフィッツジェラルドが短編の名手でヒットしたのがよく分かる。全編に流れているのは第1次大戦後のPTSDと虚無感、混乱状況だが、対照的な登場人物群の描写が実にうまい。

 

 まず、名門イエール大学の卒業生たちの華やかなパーティーが描かれている。彼らはエリートだ。ゴードンは落ちぶれているが、ディーンは世俗的に成功している。ピーターは気取り屋だがもてない。上流階級の華やかなパーティー会場に、エリートを目当ての女子学生たちが群がる。イーディスはその女王だ。多くの男がイーディスを取り囲む。

 

 対して、貧しい帰還兵、ローズとキイのコンビがいる。彼らは教養が無く、貧しく不潔で、将来の生活の見込みもない。道徳心も乏しい。戦争のPTSDを負う。彼らは上流階級のパーティには入れて貰えない。他にも多くの帰還兵の群れがある。彼らは不満を募らせ暴動を起こす。混乱の中でキイは不慮の死を遂げる。

 

 イーディスと対照的なのは、ジューエルという派手な女だ。ゴードンと関係があるが、ゴードンは別れたいと思っている。ゴードンによれば彼女は金が目当てだが、ジューエルはお金ではなくゴードンに会いたかったのだと言う。ゴードンはジューエルの愛が理解できない。ゴードンは自死し、ジューエルは取り残される。その先は書いていない。分断された階層をつなぎ合わせる可能性がジューエルとゴードンの愛にあったかもしれないのだが、それは実現しない。

 

 イーディスの兄、ヘンリーは、コーネル大学の経済学の講師だったが、社会主義の新聞記者となった。彼が、富裕層と貧しい人の分断を解消する可能性もあるはずなのだが、欲求不満で怒れる帰還兵たちは、「社会主義者のクソッタレ!」「ドイツびいき!ゲルマンかぶれ!」と叫びながら新聞社に乱入しヘンリーたちに暴行を加える。フィッツジェラルドが社会主義についてどういう考えを持っていたかは知らない。ここでは、貧しい帰還兵たちと、アメリカの社会主義者たちとが、連携できず分断されている状況が描かれている。

 

 エリート出身のディーンもピーターもただの飲んだくれとなり、暴行をしている帰還兵たちと大差がない。ここの書き方は上手い。誰もが結局は何ものかに振り回されつまらない人生を生きている。そこに横たわるのは、戦争の傷跡だろう。酔いから覚めたとき現実の階層格差は解決していないことに気づくはずだが、本作ではディーンとピーターは死亡したとも読める。(仏教大学英文学会英文学論集24、1-19 2016-10-28「帰還兵士の苦難:フィッツジェラルドの『メイ・デイ』再読」(野間正二)は参考になる。)