James Setouchi

ヘミングウェイ 『武器よさらば』

ERNEST HEMINGWAY “A FAREWELL TO ARMS”

 

1 アーネスト・ヘミングウェイ

 1899~1961 アメリカの作家。代表作『日はまた昇る』『キリマンジャロの雪』『武器よさらば』『誰がために鐘は鳴る』『老人と海』他。ノーベル文学賞。

 

2 『武器よさらば』の事実と虚構

 18歳のヘミングウェイは1918年に第1次世界大戦に傷病兵搬送車要員として参加、イタリアに赴くが、迫撃砲弾のため負傷、赤十字病院に入院し、看護師のアグネスに恋をした。この体験をもとに、『武器よさらば』を書いた。1928年のことだ。刊行は1929年。

 

 ただし、ヘミングウェイの実体験とは違い、小説では、主人公フレドリックは二十代と思われる青年で、北イタリアのカポレットの敗走に巻き込まれる。1917年のドイツ軍の攻勢でイタリア軍は悲惨な逃避行を強いられる。そこを舞台に設定した。(新潮文庫、高見浩の解説から。)

 

3 あらすじ(以下にはネタばれが含まれています。)

 フレドリックはアメリカ人だがイタリア軍に大尉として参加、周囲から一定の尊敬を得ている。迫撃砲で足を負傷する。看護師のキャサリンと恋に陥る。

 

 再び前線に送られ、退却の混乱の中で戦場を離脱する羽目に陥り、妊娠したキャサリンと決死の逃避行を行うことになる。二人はスイスに脱出し落ち着いた生活が手に入るかに見えたが・・・?

 

4 コメント

 戦場の理不尽で非人間的な姿が描かれている。敵を殺す。負傷する。命令を聞かない者を後ろから射殺する。敗走の中で疑心暗鬼になった友軍に殺される。味方が味方をスパイとみなして即決裁判で射殺する。民家から食糧を調達する。孤児の姉妹が怯えている。そこには大義はない。悲惨な現実だけだ。兵士たちにも、何のための戦争か、わからない。戦争は悲惨で、残酷で、不条理だ。

 

 その中でフレドリックとキャサリンの愛は燃え上がる。キャサリンは妊娠する。幸せで平穏な暮らしがしたい。しかし、状況がそれを許さない。味方に追われ、逃走する。見つかったら捕らえられ、銃殺刑になるだろう。二人に幸せは来ない。二人の悲劇が、戦争の悲惨さ、残酷さ、不条理さを明確に浮かび上がらせる。これは、愛についての悲劇であると同時に、戦争の悲惨さ、残酷さ、不条理さを告発した小説だ、と私は考える。

 

 この作品の題名の候補は『武器よさらば』以外に『世界の部屋』『夜よ永遠に』『単独講和』『天国の丘』があったそうだ(前述、高見浩の解説による)。『単独講和』、でもよかったかと思う。本文中、すっかり戦場が嫌になったフレデリックが戦線を離脱し「戦争のことはすっぱり忘れるつもりだった。ぼくはもう単独講和を結んだのだから。」(第34章の冒頭)と言うところが印象的だったから。

 

 「単独講和」しキャサリンと二人平和な国で愛の巣を築こうとするフレドリックを、しかし運命(戦争)は許さず追いかけてくる。すべてを失って一人雨の中にたたずむフレドリックは、これからどうやって生きていけばいいのだろうか。つらく悲しい思いの残る作品だ。