James Setouchi
アーネスト・ヘミングウェイ『ヘミングウェイ全短編3』髙見浩 訳 新潮文庫
Ernest Hemingway “The Complete Short Stories of Ernest Hemingway vol.Ⅲ”
1 ヘミングウェイ1899-1961
アメリカの作家。1954年ノーベル文学賞。第1次大戦に従軍し負傷。パリに住み『日はまた昇る』などを刊行。第1次大戦で負傷した体験をもとに『武器よさらば』を書く。スペイン内戦に従軍し『誰がために鐘は鳴る』を書く。第2次大戦にも参加。大戦後『老人と海』を書く。「ロスト・ジェネレーション」の作家の一人であるとともに、20世紀前半を代表する作家と言える。(1899~アメリカ北部イリノイ州生まれ、1918第1次大戦で赤十字輸送部隊に、1920アメリカ、1921フランス、1928~フロリダのキー・ウエストに住む、1937スペイン内戦に、1939~キューバに住む、1944第2次大戦に、1954ノーベル文学賞、1961死亡)
2 『ヘミングウェイ全短編3』 新潮文庫解説(髙見浩)ほかを参照した。
新潮文庫から、『全短編』1~3が出ている。1(『われらの時代』を含め若い頃の作品集)は平成7年、2(『キリマンジャロの雪』など)は平成8年、3『蝶々と戦車』など。生前未発表の短編・中編を含む)は平成9年発行。
ここでは3から、何本か紹介する。
(1)『最後の良き故郷』“The Last Good Country”:ニック・アダムズ(ヘミングウェイ自信がモデルか)の少年時代。1900年代初頭はじめだろう、北米の、湖や森のある小さな町で、密漁をし、監視員たちに追われ、ニックは逃亡する。幼い妹が食料を運び、逃亡を手助けしてくれる。ニックは子どもながらあたりの大自然に詳しく、巧みにサバイバルしながらルートを作って逃亡する。自然が美しく、ニックは逞しく、妹はけなげだ。1952~58の作。当時ヘミングウェイはキューバに住み、アフリカにサファリに出かけ、飛行機事故で死にかけるなどのことがあった。北米の幼少期を美しい世界として作品中に書きとどめておこうとしたのかもしれない。
(2)『異郷』“The Strange Country”:ロジャー(ヘミングウェイ自身がモデルか)はすでに活躍している作家。1930年代のマイアミからニューオーリンズへ、年若い恋人を連れて車で移動する。過去に結婚し別れた妻やその子どもたちとの関わり、対岸のヨーロッパで起きるスペイン内戦(フランコの反乱)への関心、ハリウッドに身売りするのではなく本当に自分の書きたいものを書きたい、などが語られる。マッチョなポーズをとりつつも彼は内省的だ。没後発表で、1940年代から50年代にかけて書かれたものだろう、と髙見浩は記す。マイアミからニューオーリンズの車の旅だが、自然もあれば都市もある。アメリカは広いと感じた。
(3)『蝶々と戦車』“The Butterfly and the Tank”: スペイン内戦時代のマドリード。1937~38年頃か。酒場の“チコーテ”は満席だった。そこに浮かれた気分の民間人がたまたま入り込み、水鉄砲にオー・デ・コロンを詰めてウェイターを撃ち始めた。とがめられ、制服姿の三人組に一度はつまみ出されて殴られるが、また店内に入ってきた。今度は制服姿の三人組は、男を銃で殺してしまった。警官が駆けつけるが、三人組は退去。残った店内の者が長時間の取り調べを受けた。支配人は言う、「誤解された陽気さが、この店にいつも充満している、しかめつらしい深刻さとぶつかたんですからね。」ゆえにこの事態を「蝶々と戦車」と名付ける。陽気なパーティをしたい男と、それを許さぬ戦時下の緊張。1938年に発表した小品で。スタインベックが絶賛した。
(4)『分水嶺の下で』“Under the Ridge”:スペイン内戦。共和国に対しフランコ将軍の軍隊が反乱を起こした。世界から義勇兵が集まり共和国政府軍を助けようとする。スターリンのソ連もロシアの軍人を送り込む。共和国軍は内部の対立が激化。ここまでは常識。さて、作品では、国際旅団(義勇軍)のフランス兵が逃亡する。ロシアの憲兵が彼を追い、処刑する。スペイン中部出身の兵士が「おれは、外国人をみんな憎んでるんだ」と言う。国際旅団の作戦を指揮する幕僚たちは、無謀な作戦を押しつける。ここには最前線の過酷な現実がある。
(5)『十字路の憂鬱』“Black Ass at the Cross Roads”
第2次世界大戦時。1944年のフランス。ヘミングウェイはノルマンディー上陸作戦を取材し、さらに自由フランス軍とともに情報収集や戦闘を行った。本作では、語り手が十字路で待ち伏せをしていると、撤退中のドイツ兵が来る。これを撃っていくのだ。敵の武器と金は奪う。死体は見つからないようにすぐに隠す。蠅と蝶が死体にたかり血を吸う。村人が来て、協力するからドイツ人の自転車をもらいたいと言う。ドイツ軍の装甲車が来たがバズーカで破壊した。打ち倒したドイツ兵は十代の少年だった。村人が自転車を持っていく。フランスの14歳の少年もやってきて自転車を欲しいと言う。「こんなにいやな気分になるとは思わなかった。」「われわれは憂鬱を公平に分け合っていた。そして二人とも、自分の分け前が気に入らなかった。」どこまでが事実かは分からない。似た実体験があったに違いない。髙見浩は「数々の戦場に立って戦争の〝悪〟を直視してきた男の、一種暗い諦念」がある、と記す。ロシア・ウクライナで戦っている兵士たちも、うんざりしながら戦っているのではないか、と思いながら読んだ。
全体として、行動するマッチョ=パパ・ヘミングウェイではあるが、悩みも苦しみもふんだんにある。
(アメリカ文学)ポー、エマソン、ソロー、ストウ、ホーソン、メルヴィル、ホイットマン、エリオット、M・トゥエイン、オー・ヘンリー、ジャク・ロンドン、エリオット、チャンドラー、パール・バック、フィッツジェラルド、ヘミングウェイ、フォークナー、スタインベック、カポーティ、ミラー、サリンジャー、メイラー、アップダイク、リチャード・バック、オブライエン、カーヴァーなどなどがある。アメリカ文学に影響を受けた人は、北村透谷、内村鑑三、江戸川乱歩、大岡昇平、石川達三、安岡章太郎、安部公房、小田実、庄司薫、高橋源一郎、大江健三郎、大藪春彦、平井和正、村上春樹、大沢在昌、吉本ばなな、江國香織など多数。