James Setouchi

 

アーネスト・ヘミングウェイ『海流のなかの島々』沼澤洽治 訳 新潮文庫

Ernest Hemingway“ISLANDS  IN  THE  STREAM ”

 

1 ヘミングウェイ1899-1961  

  アメリカの作家。ノーベル文学賞。第1次大戦に従軍し負傷。パリに住み『日はまた昇る』などを刊行。第1次大戦で負傷した体験をもとに『武器よさらば』を書く。スペイン内戦に従軍し『誰がために鐘は鳴る』を書く。第2次大戦にも参加。大戦後『老人と海』を書く。「ロスト・ジェネレーション」の作家の一人であるとともに、20世紀前半を代表する作家と言える。

 

2 『海流のなかの島々』 新潮文庫解説(沼澤洽治)を参照した。

 この本は作家ヘミングウェイが書きかけて未完のまま保存してあった原稿を、作家の死後妻のメアリーが版元と協力して編集し1970年に出版したもの。題名「海流」はメキシコ湾流を指す。書かれたのは1946年から1951年のある時期ではないかと言われている。ヘミングウェイには当初、陸の部、空の部、海の部にわたる壮大な三部作の構想があった。この『海流のなかの島々』はその海の部にあたる。海の部はさらに、当初の構想では「若き海」「不在の海」「存在する海」の予定だったが、このうち「存在する海」を切り離し推敲を加えて発表。これが有名な『老人と海』となった。ヘミングウェイは残った「若き海」、「不在の海」にあらたに「海の追跡」を加えて三部構想とした。これが現在の『海流のなかの島々』のそれぞれ「ビミニ」「キューバ」「洋上」にあたる。

 

 ヘミングウェイはシカゴ近郊に生まれ、パリにも長く住んだが、40歳頃から約20年間キューバのハバナに住んだ。ハバナ近郊の漁村コヒーマルから愛艇ピラール号で釣りに出かけた。第2次大戦中は愛艇を武装しドイツのUボートに対するパトロールを行った。これが第三部「洋上」に反映されている。

 

 第一部の舞台はビミニ。ビミニはフロリダ半島の東80キロメートルのバハマ諸島にある。第二部の舞台はキューバのハバナ。ハバナはキューバの(カリブ海側ではなく)メキシコ湾側にある。第三部はキューバ近海の海だ。マングローヴの林があり、水路がある。 つまり全体としてメキシコ湾が舞台。

 

 (なお、グアンタナモ基地が出てくるが、グアンタナモとは、キューバ東南部、アフガニスタン戦争やイラク戦争時に逮捕されたテロリストの被疑者を収容した施設のあるところでもある。もともとキューバはスペインの支配下にあったが、米西戦争でアメリカの支配下に入った。ヘミングウェイがキューバにいたのは1940年頃から。のちキューバ革命があったがグアンタナモには米軍基地が残った。)

 

3 内容(ネタバレあり)

 第一部「ビミニ」では、バハマのビミニ島で主人公トム・ハドソン(画家)が過去を背負いながら暮らしている。友人ロジャー・デイヴィスなど奇妙な連中との交友。大ゲンカ。愛する息子たちが島に来る。サメが来る。次男デイヴィッドが巨大なカジキと格闘する。(『老人と海』の孤独な戦いと比べ、周囲の大人たちは息子トムの格闘と成長を応援し見守る。)海の匂いが満載だ。やがて息子たちと友人が島を去る。トム・ハドソンの孤独な日々が再開する。だが、そこでトム・ハドソンは驚くべき知らせを受け取る。

 

 第二部「キューバ」では、トム・ワトソンは息子たちをなくしハバナの酒場で飲んだくれている。どうやら秘密の仕事をしているらしい。長男トム(戦死)の母親との再会。息子の死を伝える。長男トムは空軍にいたが北フランスで撃墜されたのだ。そこへ軍から連絡が来る。トム・ハドソンは出かけなければならない。それがおのれに課した「義務」だからだ。彼は自分に言う。「はっきりさせとけ。息子とは失くすものだ。愛情とは失くすものだ。名誉とはとっくの昔に消えちまったものだ。義務、それを貴様は果たす。」残された妻は猫に向かい呟く。「教えて、私たちどうしたらいいんだろうね?」「お前にも分らない」「ほかの誰にも分りはしない」

 

 第三部「洋上」では、トム・ハドソンは仲間たちと共に愛艇を操作してドイツ兵を探している。戦闘。負傷。死の予感。「主人公の不安と焦燥に悩みながら自分に思考停止を強い、その行動主義の帰結のごとく死を求めて進んで行く姿」に、作家ヘミングウェイは自分自身の姿を見、その後の自身の運命の予感におびえたのではないか、という趣旨のことを、新潮文庫解説の沼澤洽治は書いている。

 

 ハード・ボイルド作家の代表と言われるヘミングウェイだが、その内面は弱く柔らかく苦しみに満ちていたのかもしれない。もし『老人と海』が、当初の構想通り最後に置かれていたら? と沼澤洽治は問う。屈服しない老人の「人間は、負けることはないんだ。」の言葉が想起される。                     

 

(アメリカ文学)ポー、エマソン、ソロー、ストウ、ホーソン、メルヴィル、ホイットマン、エリオット、M・トゥエイン、オー・ヘンリー、ジャク・ロンドン、エリオット、チャンドラー、パール・バック、フィッツジェラルド、ヘミングウェイ、フォークナー、スタインベック、カポーティ、ミラー、サリンジャー、メイラー、アップダイク、リチャード・バック、オブライエン、カーヴァーなどなどがある。アメリカ文学に影響を受けた人は、北村透谷、内村鑑三、江戸川乱歩、大岡昇平、石川達三、安岡章太郎、安部公房、小田実、庄司薫、高橋源一郎、大江健三郎、大藪春彦、平井和正、村上春樹、大沢在昌、吉本ばなな、江國香織など多数。