James Setouchi
パウロ・コエーリョ『星の巡礼』(山川夫妻訳)角川文庫1998年
Paulo Coelho“O Diário de um Mago”
1 パウロ・コエーリョPaulo Coelho
ブラジルの作家。1947年リオデジャネイロ生まれ。世界各地を放浪、一時流行歌の作詞家となる。霊的な関心を持ちRAM教団(スペインのキリスト教秘密結社)の一員となる。1987年『星の巡礼』(1986年スペインのサンチャゴ・デ・コンポステーラに至る巡礼の道を歩いた体験による)、1988年『アルケミスト』、1990年『ブリーダ』、1992年『ヴァルキリーズ』、1996年『第五の山』などを発表。ブラジル国内、欧米諸国に多数の読者がいる。敬虔なカトリック信者。(文庫巻末の訳者によるあとがきから)
2 『星の巡礼』
文庫本の訳者あとがきによれば、1986年パウロ・コエーリョはスペインのサンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の道に参加した。その経験をもとにこの『星の巡礼』を書いた。もと『魔法使いの日記』(“O Diário de um Mago”)という題でポルトガル語で書き、1992年に『巡礼』(“The Pilgrimage”)という題で英訳された。本書の内容が文字通り事実なのか、それとも虚構なのか、を私は知らない。
この巡礼路それ自体は、世界でも最も有名な巡礼の道の一つだ。巡礼路は世界文化遺産に登録されている。この地にキリストの十二使徒の一人聖ヤコブの墓が発見され聖堂が建てられたことにちなむ。(サンチャゴとはSanto Iago,Sanctus Iacobusつまり聖ヤコブのこと。)フランスから行けばピレネー山脈を越える道だが、多くの信者が歩いてきた。巡礼者はホタテ貝を通行証として持つ。道々には巡礼者の世話をする宿泊施設や教会がある。この巡礼の道は力を与える。他に巡礼の道として、ローマへの道(他の世界と交信する能力を与える)、エルサレムへの道(奇跡を行う能力を与える)があり、そのほかに秘密の道がある、と本書は語る(56ペ)。
語り手「私」はブラジルの市民で、仕事も妻もある。秘密結社RAM教団のマスター称号授与式で師から失格とされ、隠された「剣」を発見するためにこの巡礼の道に参加した。(RAMとはRigor(厳格)Adoration(敬愛)Mercy(慈愛)の略。)ガイドにスペイン人のペトラスが付く。ペトラスは「私」と共に巡礼の道を歩き、「私」にRAMの実習を施す。
キリスト教(特にカトリック)、西洋史の知識の乏しい人には、読みにくいかもしれない。だが、西洋キリスト教世界では、ここに出てくる地名や人名はほぼ常識だ。巡礼路を歩きながら「私」はペトラスや自分自身と対話し、最後はある境地に至る。読者も読みながらペトラスや「私」、また自分自身と対話することになる。(ここで語られている思想が、正統派ローマ・カトリックから見てどこまで正統あるいは異端とされるのかを私は知らない。)
本書では「人びとが虚栄とみなしているもの、つまり、すばらしい仕事を残したり、子どもを持ったり、自分の名前が忘れられないように一生懸命になったりするのは、人間の尊厳の最高の表現」(153ペ)、「大切なことは人生を思い切り楽しむこと」(159ペ)と言い、世俗的成功を肯定する論理がある。他方「焼きつくす愛」である「アガペ」に捕らえられた人は、あまりにも多くを与え、あまりにも少なく求め、他の全てのものを大切に思わず、沙漠や無人の場所に出て行き隠者となった(132ペ)と言い、世俗的成功を越える論理をも展開する。本書で繰り返される「良き戦い」が何を含意しているか、もうひとつはっきりしない。それは主人公「私」自身の迷いであるのかもしれないと私は感じた。最後に「私」が到達した境地はあえて明かされてない。以下にやや補足する。
RAM教団:巻末の解説によれば、1492年に8人の騎士によって創設された。マスターから口頭でキリスト教の秘技が伝えられる。各種の審問に合格するとマガスになれる。私はそういうものが実在するかどうか知らない。
RAMの実習:ここで紹介されているのは、種子の実習、スピードの実習、冷酷さを知る実習、メッセンジャーの儀式、直感力を養う(水の実習)、青い天空の実習、生きたまま葬られる実習、RAMの呼吸法、影の実習、音を聞く実習、ダンスの実習である。それらは何かヨガや仏教の瞑想・修行法に似ている、と私は感じた。
トラディション:伝統、正統。キリスト教カトリックの伝統・正統派のことを言っているのだろうか。この巡礼路には様々な教団の人が集まるが、「ほとんどの教団は、トラディションの一部だった。」(248ペ)とある。
メッセンジャー:「私」の側にいて「私」に語りかける霊的な存在。神ではない。悪魔であり(86ペ)、善でも悪でもない精霊。墜ちた天使。秘密の守護神。人間と取引をし利用し合おうと待ち構えている(32ペ)。メッセンジャーは物質的世界での助け手だ(95ペ)。このあたりも世俗的臭いがするのだが。「私」の側にいるのはアストレインだ(91ペ)。他にレジョンが犬に乗り移って襲ってくる(208ペ)。