James Setouchi

 

パウロ・コエーリョ『ヴァルキリーズ』(山川夫妻訳)角川文庫2016年 Paulo Coelho“The Valkyries”

 

1 パウロ・コエーリョPaulo Coelho

 ブラジルの作家。1947年リオデジャネイロ生まれ。世界各地を放浪、一時流行歌の作詞家となる。霊的な関心を持ちRAM教団(スペインのキリスト教秘密結社)の一員となる。1987年『星の巡礼』(1986年スペインのサンチャゴ・デ・コンポステーラに至る巡礼の道を歩いた体験による)、1988年『アルケミスト』を書きベストセラーに。1990年『ブリーダ』、1992年『ヴァルキリーズ』、1996年『第五の山』などを発表。ブラジル国内、欧米諸国に多数の読者がいる。敬虔なカトリック信者。(文庫巻末の訳者によるあとがきから)

 

2 『ヴァルキリーズ』“The Valkyries”

 文庫本の訳者あとがきによれば、1992年ブラジルで出版された(原ポルトガル語)。1995年英訳がアメリカで出る。パウロ・コエーリョはスペインのサンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の道に参加した。その経験をもとに『星の巡礼』を書いた。その後さらに霊的指導者Jの指示により、「誰もが自分の愛するものを殺す…」という詩の呪いを打ち破るためにアメリカ西部のモハベ沙漠に行き40日間の修行を行う。その模様を描いたのがこの『ヴァルキリーズ』だ。作者自身によれば、一部を除いてほとんどが事実だ、ということだ。

 

 モハベ沙漠(モハーベ沙漠)は、ロサンゼルス近くの広大な沙漠(面積7万平方キロ)。夏は暑く、塩湖を形成する。そこにパウロは妻と出かけ、ジーンという指導者やヴァルキリーズという女性グループに出会う。そこで夫婦は試される。ヴァルキリーズはヴァルキリーの複数形。ヴァルキリー(ワルキューレ、ヴァルキュリャ)とは、北欧神話の女性で、戦死者を運ぶ者。戦いと死の女神。ハイネやワーグナーが芸術で扱ったので有名。

 

 沙漠で出会った指導者・ジーンは言う。「目を開けて、地平線を見て下さい。」「あなたはここにいます。あなたはここにいて、あなたの周りにあるものがあなたを変えるということを理解してください。同じようにあなたも周りのものを変えているのです」「見えない世界に入り込んであなたのパワーを強めるためには、あなたは今に生きなければなりません。今、ここに生きるのです。今に生きるためには、第二の心をコントロールしなければなりません。地平線をよく見て下さい」(39~40ページ)

 

 この教えは、人間は自分だけでは生きているのではなく、環境(周囲の存在)と相互に関係しながら生きている、という、至極当たり前のことを言っている。だが、私たちはついそのことを忘れがちだ。そのため、あえて沙漠のような視界の広いところに出て、地平線を見てみる、それにより、広大な世界の中に小さくしかし確かに存在する自分を、鳥の目で俯瞰してみよ、ということだろうか。このことは、空を見たり海を見たりする仕方で、どこにいてもできるはずだ。

 

 やがてヴァルキリーズが登場する。馬に乗って沙漠を走り回る8人の女性たちだ。彼女たちも修行の一貫として沙漠を走り回っている。最年長の女はバルハラと言う。ヴァルキリーズは「その魅力で戦士を興奮させ、その心に愛をかきたてる。戦場では勇気を示し、馬に乗れば、雲のように速く走り抜け、雷雨のように鳴り響くことによって戦士をとりこにする。」(114ページ)パウロは彼女たちとの出会いで確かに発憤し、試練に挑む。

 

(以下ネタバレ)

 過去の苦しみが想起される。パウロは自縄自縛に陥っていた自分を発見し自己解放に至る。(151ページ) だが、彼女たちとの出会いが、パウロと妻のクリスの関係を危機に陥らせる。満月の夜、ゴールデン渓谷で、最後の儀式が始まる。ここの描写はかなり恐ろしい。儀式の中で、過去の呪縛は葬られ、パウロたちは新しく蘇る。(215ページ)

 

 やがて…パウロとクリスは沙漠の山で天使を見るべくチャネリングを行う。…ついに待望の天使が現われる。地平線に出現した複数の光。耳をつんざく轟音。本物のヴァルキリーズが現われたのだ(239ページ)。

 

 いや、それは米軍の演習だった。パウロは自問する。長らく天使を見たいと願ってきた。「僕は賭けに勝った。僕は絶対に賭けに勝ったのだ。」いや、それは違う、それはみんな想像に過ぎない、天使は姿を現しはしない。彼は「僕は自分の天使に必ず会う」と繰り返す(241ページ)。

 

 さらに後、パウロはグロリエッタ・キャニオンに行き、眼下の谷を見下ろす。沙漠の夜明けだ。「なんという美しい情景を僕は見逃していたのだろう」(251ページ)。パウロは守護天使に語りかける。彼は神の道具としての自分の役割を受け入れる。太陽が昇る。パウロは神に感謝する。誰かが背後にいる。「降りむくな」「ひざまずけ」「地面を見よ」とその声は命じた。「これが私の名前だ」「信じなさい」(258ページ)

 

 パウロは、ついに天使と出会ったのだった…

 

3 コメント 霊的修行と自己解放の本。カトリック的世界でありつつ逸脱しているようでもある。