James Setouchi
イサベル・アジェンデ『精霊たちの家』
1 作者 イサベル・アジェンデ Isabel Allende(1942~ )
チリの作家。ペルーに生まれるが幼くしてチリの首都サンティアーゴ・デ・チレの母方の祖父母の家で暮らすことに。そこは「角の邸宅」と呼ばれ、祖父母、叔父二人などが住み、『精霊たちの家』の邸宅のモデルとなった。ボリビア、ベイルートなどに住むが20歳で結婚、ベルギーとスイスに留学、チリに帰国してジャーナリストとして働く。サルバドール・アジェンデ(イサベルの叔父)が選挙で勝利を納め大統領となるが、1973年9月11日の軍事クーデターが起こりアジェンデ大統領は死亡。イサベル一家はベネズエラに亡命。そこでチリの人々のことを思い『精霊たちの家』を書いた。この作品は世界中で読まれ映画化もされた。さらに『エバ・ルーナ』『無限計画』『パウラ、水泡なすもろき命』『天使の運命』『セピア色の肖像写真』『わが愛しのイネス』『日々の積みかさね』などが有名である。(河出文庫の木村榮一の解説から。)
2 『精霊たちの家』 〝La casa de los espíritus〟
チリのピノチェトによる軍事クーデターでアジェンデ政権が崩壊し、イサベルの一家はベネズエラに亡命した。そこでチリの人々のことを思って書きつづった作品、と言われる。
ある種の傑物ではあるエステバン・トゥルエバの一代記でもあり、それを取り囲む何世代もの家族の物語でもあり、かつ、チリ軍事クーデターについて書いた歴史物語でもある。
大変人気のある作品だ。実際、読み始めると止まらない。奇妙な人物が沢山出てきて面白い。精霊たちもうろうろする。色々な人生がある。身分を越えて愛し合う男女の物語でもある。親子の物語でもある。生と死の物語でもある。政治的対立の物語でもある。後半は軍事クーデターの話で緊迫してますます面白い。軍事独裁政権がその後表面的には街を豊かで観光客にとって見やすいものにした。だが、裏では非人間的な支配があり、囲い込まれた貧困地区に人間的な人々がいる。
この作品は「ガルシア=マルケス『百年の孤独』と並ぶラテン・アメリカ文学の傑作」(河出文庫カバーの紹介から)と言われている。いわゆるマジック・リアリズムの作品で、似ている点もある。が、『百年の孤独』も面白いが途方もないいわば大ぼら話でのようでもある(それはそれで中南米の現実をうまくつかんで普遍的な物語にするのに成功している)のに対し、『精霊たちの家』の方が作者自身の実体験に基づいているためか、より現実味のある面白さだと私は感じた。後半の軍事独裁政権の拷問の怖さも含め、多くの人が読むべき作品だと感じた。但し、暴力的なシーンがあるのでそれが無理な人は避けた方がいいかもしれない。
*登場人物たち(ネタバレを含む。人物関連表・系図を作りながら読むことを勧める)
(上の世代の物語)
マルコス叔父さん:ニベアの弟。奇妙な人物。飛行機を作ったり世界を旅行したりする。
ニベア:セベーロの妻。ローザとクララの母。
セベーロ・デル・バージェ:ローザとクララの父親。
バラバース:巨大な犬。
乳母:クララたちに献身的に奉仕する。
レストレーポ神父:イエスズ会士。激しい口調で罪を糾弾する。
(エステバンとクララの世代の物語)
フェルラ:エステバンの姉。貧しい中で年老いた母親ドーニャの世話を献身的に行った。
エステバン・トゥルエバ:本作の中心人物の一人。貧乏暮らしを嫌い鉱山で働き一山当てて美しいローザと結婚しようとするが…のち農場主となり企業経営も成功、大金持ちの保守系の国会議員となる。左翼を嫌い軍事クーデターにも一枚かむが…
ローザ:セベーロの娘。美しい。エステバンの婚約者だが…
クララ:ローザの妹。美しい。超能力者。念動力・透視力を持つ。それは精霊たちとの交流の賜物なのか。やがて…(以下ネタバレだが)エステバンと結婚し「角の邸宅」を支える。家族の物語を詳細に記録していた。
ペドロ・ガルシア老人:農場の老人。不思議な力を持つ。
ペドロ・セグンド・ガルシア:エステバンの農場の差配人。
パンチャ:セグンドの妹。農場主エステバンの子(エステバン・ガルシア)を生む。
モラ三姉妹:クララの友人。心霊術に詳しい。
アントニオ神父:地区の神父。
(エステバンの子ブランカの世代の物語)
ブランカ:エステバンとクララの娘。農場のペドロ・テルセーロ・ガルシアと愛し合う。父親は交際を許さない。
ジャン・ド・サティニィ伯爵:フランスの貴族。上品だが怪しい人物。エステバンの指示でブランカの夫になる。
ハイメ:エステバンとクララの息子。医師になり貧しい人々を助ける。
ニコラス:ハイメの双子の弟。変わり者。ダンスをしたりインドで修行したりする。
アマンダ:町の娘。ニコラスおよびハイメと関係を持つことに。
ペドロ・テルセーロ・ガルシア:セグンド・ガルシアの子。エステバンの娘・ブランカと愛し合い、やがて…
ホセ・ドゥルセ・マリーア神父:革命思想を語る神父。
エステバン・ガルシア:パンチャとエステバンの子。私生児。やがてエステバン一家に災厄をもたらす人間になる。
(エステバンの孫アルバの世代の物語)
アルバ:ブランカとテルセーロの娘。父親がテルセーロだということはエステバンには秘密にしてある。学生運動と軍事クーデターに巻き込まれて…
ミゲル:アマンダの弟。成長し、左翼学生運動の指導者になる。アルバと愛し合う。
セバスチャン・ゴメス:大学の先生。学生運動の味方。
アナ・ディアース:学生運動の女子学生。
大統領:社会主義政党の支持を受け選挙で大統領に。しかし、軍事クーデターで…
トランシト・ソト:店の女。若い頃エステバンの世話になり、後年その恩を返す。
詩人:有名な詩人。しかし、軍事クーデターで…
(中南米の文学)
カブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』『族長の秋』(コロンビア、カリブ海)、バルガス=リョサ『緑の家』『密林の語り部』(ペルー、アマゾン川)、アレホ・カルペンティエル『失われた足跡』(キューバ、ベネズエラ)、イザベル・アジェンデ『精霊たちの家』(チリ)、ジーン・リース『サルガッソーの広い海』(イギリス、クレオール)、ヘミングウェイ『老人と海』『海流の中の島々』(アメリカ、バハマ~キューバ)など。