James Setouchi
ガブリエル・ガルシア=マルケス『族長の秋』
Gabriel Jose de la Concordia Garcia Marquez〝El otono del patriarca〟
1 ガブリエル・ガルシア=マルケス(1928~2014)コロンビアの作家。
ノーベル賞作家。代表作『百年の孤独』『族長の秋』『コレラの時代の愛』など。
コロンビアのカリブ海沿岸に生まれる。首都ボゴダのコロンビア国立大学からカルタヘナ大学に移るが中退。ジャーナリストとなり、キューバのカストロとも交わる。1967年『百年の孤独』を発表。大ヒットする。1975年『族長の秋』発表。1982年ノーベル文学賞受賞。日本でも大江健三郎、池澤夏樹ら多くの作家に影響を与えた。(各種の記事を参考にした。)
2 『族長の秋』
舞台はカリブ海に面したどこかの国。主人公は「大統領」と呼ばれる独裁者。名前は不明。大統領の死の描写から始まり様々な過去が語られる。大統領の母親と出生の謎、スペインから独立し軍閥同士の抗争に勝利し、イギリス・アメリカの軍隊の後ろ盾を得て独裁を推し進め、恋をし、政敵を粛清し、妻子をテロで失い、周囲の者に利用され、国家は借金だらけで大国に資源を奪われ、疫病が流行し、民意が離反し、大統領府は荒廃、牛とハゲタカの入り込むその場所で大統領は寂しく死ぬ。これらが時間軸に従うわけではなく語られる。
全六章から成り、各章は段落・改行がないので一見読みにくい。が、カリブ海の某国の美しい自然、政治・経済・社会の大混乱が、いかにもそうであったろうなと思わせる迫力で迫ってくる。文体に「はまって」しまえば一気に読め、もう一度読みたくなる。この作品は軍事独裁への風刺なのだろうか。右往左往する民衆の姿は、決して他人ごとではない。その中で大統領は他人を(腹心の部下さえも)信じられない。一体こうなることを望んだのは誰なのか? 自分が作ったはずの巨大なシステムの前で大統領は実は全く無力だったとは。そうだとするとこの大統領の姿も決して他人ごとではない。なお、ネット上の誰かがこの物語はアンチバイブルだ(父なき子、死からの復活、病人を癒す奇跡など)と言っていた。この視点も面白い。
以下人物紹介。(ネタバレあり。)
・大統領:独裁者。貧しい母親に育てられ、イギリス・アメリカ海軍の後ろ盾を得て軍事独裁者にのし上がった。きわめて身勝手で冷血で腹心の部下さえも信じられず虐殺や粛清を行うが、最後は孤独な死を迎える。きわめてひどい人物なのだが、なぜか共感してしまう。共感してはいけないのだが…
・母親(ペンディシオン・アルバラド):大統領の母。出自不詳。貧しい階層の出身。息子が大出世するが自分は質素で庶民的な生活を続ける。息子に愛を注ぐ。
・ラウタロ・ムニョス将軍:一時期大統領だった人物。ラテン語の学識があり、英国を批判する勇気もあったが…
・パトリシア・アラゴネス:大統領そっくりの影武者。
・マヌエラ・サンチェス:美女。大統領が恋した女性だが…
・ロドリゴ・デ・アギラル将軍:大統領の腹心の部下。大統領のために多くの粛清を行うが…
・レティシア・ナサレノ:修道女だったが大統領の妻となり子をもうける。一族が利権をほしいままにしようとする中で、テロによって殺害される。
・ホセ・イグナシオ・サエンス=デ=ラ=バラ:作品ラスト近くで出てくる。大統領補佐として強大な権力を握り、レティシア殺害犯を探すため残虐な粛清を繰り広げる。
・アメリカの(恐らくはアメリカの)大使たち:赤字まみれのこの国から最後に残った資源である海を買い取る。
・われわれ:「われわれ」の語りで話は始まる。「われわれ」は大統領の死体を発見する。大統領の独裁に或る形で関与しある形で離反する「われわれ」とは、一般民衆そのものであろうか? ともあれ、独裁者の死により、「われわれ」は解放された(はずではある)。
(中南米関連の文学)
カブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』『族長の秋』(コロンビア)、バルガス=リョサ『緑の家』『密林の語り部』(ペルー)、ジーン・リース『サルガソーの広い海』(ジャマイカ島とドミニカ島)、ヘミングウェイ『老人と海』『海流の中の島々』(これはメキシコ湾)など。