James Setouchi

 

フアン・ルルフォ『燃える平原』『ペドロ・パラモ』(杉山晃・訳。岩波文庫)

 Juan Rulfo 〝El Llano En Llamas〟〝Pedro Paramo〟 

 

1 作者 フアン・ルルフォ Juan Rulfo (1917~86)

  メキシコ中西部ハリスコ州に生まれた。メキシコ革命の混乱が続く中で7歳の時父が殺される。母も亡くし祖母のもとに身を寄せ小学校に行くが孤児院に預けられる。メキシコ・シティーに出て聴講生として大学に通うが進学をあきらめ、入国管理事務所に就職。さらに自動車タイヤメーカーや国立民族研究所出版局に勤務。サラリーマンだった。1953年に『燃える平原』、1955年に『ペドロ・パラモ』を書く。『金の軍鶏(しゃも)』は映画のためのプロットで、ガルシア・マルケスらの脚本で映画化。ルルフォはメキシコの作家として世界で最も有名な人であり、『ペドロ・パラモ』は『百年の孤独』(ガルシア・マルケス)と並びラテンアメリカ文学の最良の作品と言われる。(岩波文庫解説の杉山晃による。)

 なお、メキシコは現在人口約1億3千万人で日本とほぼ同じ、面積は日本の5倍、スペイン語圏でカトリック教徒が多い。経済的には善くも悪しくもアメリカと近い。

 

2 『燃える平原』〝El Llano En Llamas〟

 17編の載る短編集。杉山晃の解説によれば、1945年発表のものから55年発表のものまで、10年の歳月をかけて書かれた。(53年に一度15編の形で出していた。)舞台はメキシコの荒涼とした土地。人心も荒涼としている。殺人。略奪。追う男。追われる男。ペテン師。だまされる女。嘘をつく女。子をかばう母。父と子の対立。復讐。死にゆく男。裏切り。不毛の土地。犬の鳴き声が遠くに聞こえる。苦しみに満ちた旅。苦難の人生の実相がこれでもかこれでもかと、しかし抑えた筆致で描かれる。これが現代のメキシコ人の生活実態と同じであるとは言えないだろう。だが作者フアン・ルルフオが(幼くして父親や伯父や兄弟を暴力的に殺された経験から)見つめた人生の実相ではあったろう。そしてよくよく思いを巡らせてみれば、不毛の大地をのたうちまわり理不尽に耐えながらそれでもなお人生を生きて行こうとする我々人間の普遍的な姿(少なくともその一面)であるに違いない…

 

3 『ペドロ・パラモ』〝Pedro Paramo〟 

 ペドロ・パラモという特異な人物をめぐる物語。構成が独特だ。時間軸に沿っていないので、人物が出てくるごとにメモを取り何度か読み直すことになる。個々の描写は強烈だ。強烈なシーンが断片的に時間軸を無視して謎めいたまま並べられ、しかし注意深く再読すると全体像が把握できる。最初の登場人物であるファン・プレシアドは、母が死に、まだ見ぬ父親ペドロ・パラモを探すために、このコマラの街にやってきた。アブンディオという男と知り合う。アブンディオは「おれもペドロ・パラモの息子なんだ」「ありゃ憎しみそのものだ」「(ここには)誰も住んじゃいないんだ」「ペドロ・アラモはとっくに昔に死んでいるのさ」と謎の言葉を残して去る。ファン・プレシアドはコマラの街で様々な人に出会い、人々の声を聞き過去を掘り起し、アブンディオの言葉の意味を知ることになる。

 

 ここから先はネタバレ。実はそこは文字通り死者の街だった。ファン・プレシアドは死者の声を聞いていたのだ。やがてファン・プレシアド自身も死ぬ。実は冒頭はすでに死んだファン・プレシアドの回想だった。全ての人が死んでいたのだ。死者たちの語りの中でペドロ・パラモという男の人生が浮かび上がる。父を殺され復讐のために多くの人を殺害した。あくどい手口で資産を増やし女を手に入れた。最後にスサナという女を愛した。スサナが死に、ペドロは生きがいを失った。ぼんやりと遠くを眺めるだけの日々…やがてそこにアブンディオが現れ…

 

 ペドロの人生は一体何だったのか。全てを失い、子孫も絶えた。町の繁栄もすべて失われ、今は廃墟となっている。廃墟の街に死者たちがうごめき、過去を語り続ける。

 

 解説の杉山晃によれば、ペドロは石、パラモは荒地、の意味だそうだ。石ばかりの不毛の荒地に築く人生の不毛の実相を描こうとしたのか。だが、スペイン語名Pedroは、新約聖書の使徒シモン・ペトロ(ラテン語Petrus)から来ている。シモン・ペトロはキリストから天国のカギを渡され、ペトロ(岩)と改名し、初代ローマ教皇と見なされる人物だ。(カトリックの世界では周知の事実だ。)作者フアン・ルルフォは、使徒ペトロに主人公ペドロをあえてぶつけ、神なき時代の人間の在り方を問うたのだろうか。

 

(中南米の文学)

フアン・ルルフォ『燃える平原』『ペドロ・パラモ』(メキシコ)、カブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』『族長の秋』(カリブ海)、バルガス=リョサ『緑の家』『密林の語り部』(ペルー)、イサベル・アジェンデ『精霊たちの家』(チリ)、アレホ・カルペンティエル『失われた足跡』(ベネズエラ)、ジーン・リース『サルガッソーの広い海』(カリブ海)、ヘミングウェイ『老人と海』『海流の中の島々』(バハマ~キューバ)など。