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ボルヘス『七つの夜』(野谷文昭・訳) 岩波文庫 (中南米文学)

 

1 『七つの夜』Siete Noches

 「訳者あとがき」によれば、1977年、ボルヘス78歳の時のコリセオ劇場での連続講演を文字化したもの。七つの話が収められている。「第一夜 神曲、第二夜 悪夢、第三夜 千一夜物語、第四夜 仏教、第五夜 詩について、第六夜 カバラ、第七夜 盲目について」である、その後にロイ・バルトロメウによる「エピローグ」がついており、1980年2月12日の日付がある。全体の構成から分かるとおり、西洋・東洋の神秘思想を含む宗教や文学について語っている。

 

 「第三夜 千一夜物語」:西洋人にとって、「東洋とは日出(いず)る処」「Morgenland=朝の地」であり、「東方の=oriental」という言葉には東方のサファイア、朝の黄金(oroは黄金)の意味もある、東洋と言えばまずはイスラム感覚の東洋で、それからインドより北の東洋へとイメージを広げるのではないか、それが『千夜一夜物語』がもたらしたものだ、とボルヘスはまず語る(84~85頁)。『千夜一夜物語』は、まずインドで中心となる一連の物語が作られ、ペルシアで形が整えられ、アラブ風に変形され、エジプトに行き着く。15世紀末だ。この時は『千の物語』だった。が、一を加えた。(87~88頁)「それを読むと、私たちはある遠い国にいるように感じられる」(88頁)。1704年、フランスのガランが翻訳して以来、ロマン主義のバイロンやユゴーらとともにヨーロッパ人の意識に入る(82頁)。「アラジンと魔法のランプ」は、原語版にはなく、ガランが付け加えたのだろう。この物語を語る語り部たちと同様、ガランもまた物語を作りたくなったに違いない。(96~97頁)この物語は「今もなお成長し続けている、あるいはあらたに作り直されている」(98頁)。

 

 「第四夜 仏教」:私も仏教に関心があるので読んでみたが、私(たち)の理解とは少し違う。ボルヘスがこれを語ることで、アルゼンチンの聴衆は東洋の仏教についてある形で理解しつつ、ある形で誤解するかも知れない。(が、私(たち)も西洋の思想について理解と誤解を積み重ねているに違いない。)ボルヘスは鈴木大拙の本を援用する(103頁)。また日本人の禅宗の友人とも長く議論をしたようだ(106頁)。仏教では輪廻転生を語る、それはピタゴラスにも近い(118頁)、苦悩の根源、生命の根源の思想はショーペンハウエルやベルグソンにも近い(123頁)、など、西洋人にわかるように解説する。最後にボディダルマに言及する。「私にとり仏教は、・・救済に至る道」だ、と「敬意を込めて」語る(130頁)。全体に禅宗の系統から知識を得ているとの印象だ。

 

 「第七夜 盲目について」:講演時ボルヘスはすでに視力をおおかた失っていたので「盲目について」があるのだろう。そこでは視力を失った人びとへの言及がある。ボルヘスと同じ図書館長グルーサック、ホセ・マルモルや、ホメーロス、ミルトン、プレスコット、ジョイス、アブデラのデモクリトスらに言及する。ホメーロスの詩は聴覚に訴える。ジョイスの英語も音楽性がある。「盲目はひとつの生活様式である、まったく不幸というわけではない生活様式である」(217頁)、「それらが与えられたのは、私たちに変質させるためであり、人生の悲惨な状況から永遠のもの、もしくはそうありたいと願っているものを作らせるためなのです」(219頁)、「盲人は、人々の愛情に包まれていると感じることができる。人々は盲人に対して常に善意を感じるのです」(220頁)とボルヘスは言う。

 

4 ホルヘ・ルイス・ボルヘスJorge Luis Borges1899~1986

 アルゼンチン生れ。詩人、作家。日本で言えば夏目漱石クラスの、中南米では最も有名な人。1914年からヨーロッパで過ごす。1921年帰国。『論議』『汚辱の世界史』『永遠の歴史』などで有名になっていく。市立図書館に勤務、『伝奇集』を出すも戦後ペロン政権により左遷され退職。のち『アレフ』『続・審問』を出す。ペロンが失脚すると国立国会図書館長に任命される。国民文学賞受賞、ブエノスアイレス大学文学部教授となる。1961年ベケットとともに国際出版社賞受賞。作品が海外でも翻訳され始める。失明したので詩集『他者、自身』から『陰謀者たち』までは口述筆記で創作。『砂の本』は1975年。(集英社世界文学事典ほかを参照した。)          

 

(中南米の文学)

フェンテス『アルテミオ・クルスの死』、ファン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』(メキシコ)、カブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』『族長の秋』(コロンビア、カリブ海)、バルガス=リョサ『緑の家』『密林の語り部』『ラ・カテドラルでの対話』(ペルー)、アレホ・カルペンティエル『失われた足跡』(キューバ、ベネズエラ)、イザベル・アジェンデ『精霊たちの家』(チリ)、コルタサル『追い求める男』(アルゼンチン)、ボルヘス『伝奇集』『アレフ』『七つの夜』(アルゼンチン)など。