James Setouchi
ディケンズ『デヴィッド・コパフィールド』中野好夫・訳 新潮文庫
Charles Dickens “”David Copperfield”
1 ディケンズ(1812~1870)
イギリスの作家。父親は下級官吏で貧しく、借金のために一家が監獄に入れられていたこともある。チャールズは小学校も十分行けず、生活のために工場で働くなどした。新聞記者をする傍ら、小説を書き、売れっ子作家となっていった。幼いころ貧乏と社会の矛盾に苦しんできたので、小説を通じて読者大衆に向けて、貧者・弱者の救済を訴えた。また社会改良運動も行った。代表作『オリヴァー・トゥイスト』『クリスマス・キャロル』『デヴィッド・コパフィールド』『二都物語』『大いなる遺産』などなど。(『集英社世界文学事典』から)
2 『デヴィッド・コパフィールド』1850年刊。
自伝的な作品。語り手は名の売れた作家だが、幼いころから不遇で、苦労続き。その中にも心温かい人々との交流もあり、やがて成人し幸福な結婚をする、というストーリー。
舞台背景は1800年代前半のイギリス(ロンドンおよび南イングランドの漁村など)。当時の社会背景がよく書き込んである。金持ち上流階級と貧しい使用人・労働者階級、都会と田舎などの対照がはっきりしている。イギリス資本主義の進展の過程でこういう事態は起こっている。
(あらすじ)(注意!ネタバレです)
デヴィッドは苦労続きだ。父親はすぐに死に、母親が再婚するがこれは失敗だった。傲慢な再婚相手とその姉にいじめられデヴィッドの母親は死んでしまう。デヴィッドは天涯孤独となる。家を追われ、行った先の寄宿舎付き学校も最悪のところ。ふんだりけったりとはこのことだ。まだ11歳のデヴィッドは、どうなってしまうのか? 通俗テレビドラマなみの面白さだ。面白いが、深刻だ。こんな社会はだめだ、子供を大事にしないといけない、と読者は自然に思える。
デヴィッドは家出をし野宿しながらとぼとぼと歩く。この時デヴィッドは死んでもおかしくなかった。しかしドーヴァー海峡近くの遠い親戚の伯母の家にたどり着き、そこで面倒を見てもらうことになる。
そこから奇跡的に逆転が始まる。やさしい乳母ペゴティの故郷の漁師町の家族の温かいこと! その兄ミスター・ペゴティは人間愛の権化のような人物で、孤児たちを引き取っては自分の子として愛情を注ぐ。デヴィッドは新しい学校に入る。まだまだトラブルは続き、デヴィッドは危なっかしいのだが、やがて卒業し、仕事をし、恋愛結婚をする。
成人しても苦難の連続だ。悪いやつも居る。親友の裏切りにも遭う。借金で苦しむ知人もいる。恋愛結婚した新妻が突然病死してしまう。しかし、努力と人と人とのつながりとで、なんとか乗り越えていく。気が付いたとき、自分のそばにはアグニスがいた。デヴィッドは敬愛するアグニスと幸福な結婚をする。
ストーリー構成は不十分で脱線や挿入話の連続だが、登場人物が個性的で魅力がある、としばしば評される。19世紀後半のドストエフスキーが人間存在の深奥に迫り神や罪の問題に迫っていくのに対し、19世紀前半のこの作品は、あまり深くない。しかし、通俗的だが楽天的で、なんだか人生を肯定したくなる。弱者を助け、人間的な愛情を持ち、上流階級の邪悪や不正を改めよう、という気持ちに読者は自然となるのではないか。もちろん良心的なだけでは不足で、社会改革も必要だ。不十分なところも多い作品とは思うが、それを上回る読後感の良さがあるので、人にも薦めてみる。