James Setouchi 

 

ジョセフ・コンラッド『青春』『西欧の眼の下に』(篠田一士・訳)

Joseph Conrad〝Youth〟〝Under Western Eyes〟 

 

1      ジョセフ・コンラッド1857~1924

  帝政ロシア下のポーランドに生まれる。地主貴族階級だが、父がポーランド独立地下運動に挺身しロシア官憲に捕らえられ投獄され、さらに一家は流刑となる。母は流刑地で病没。父も亡くなり、ジョセフは孤児となる。母方の伯父と祖母に養育される。病弱のため正規教育を受けず。17歳で転地療養を兼ねマルセイユへ。船乗りとなり西インド諸島へ航海、さらにイギリス船に乗り組みシドニー、シンガポール、カルカッタ、マライ、バンコックなどに行く。またアフリカ大陸のコンゴ川を遡る。健康を害し33歳でヨーロッパ(ロンドン、ジュネーブ)に戻り療養生活を送りながら作品を書く。36歳で船を下り作家に専念。『オールメイヤーの阿呆館』『青春』『闇の奥』『西欧の眼の下に』『陰翳線』『黄金の矢』『海の放浪者』など。(集英社世界文学全集の年譜などを参考にした。)

 

2 『青春』1898年執筆、1902年出版

 マーロウという年老いた船乗りが酒場で青春時代を回想する。「何かをやり遂げようと悪戦苦闘するが結局はやりとげることができない、人間なんてしょせん、大きいことも小さいことも何一つ出来はしない」「何の因果か人生を絵に描いたような、生きることの象徴のような、そんな航海があるものだ」とマーロウは語る。この言葉の通り、20歳のマーロウは、二等航海士としてイギリスからジューディア号に乗り組んで東洋を目指すが、嵐には遭う、船は故障する、修理に手間取りなかなか出発できない、やっと出発できたと思うと積み荷の石炭が発火する、奮闘努力の甲斐もなく船はついに大爆発、マーロウは手こぎボートに乗り移り辛うじて東洋に辿り着くことだけはできた。年老いたマーロウは今盛り場で青春時代を回想して語る。聞き役はかつての商船員仲間で、今は社長や会計士、弁護士などに出世している。この小説は、イギリス大英帝国の海洋冒険譚として面白く読むこともできるが、同時に、この困難な航海がそのまま人生のアナロギーになっている。人生は悪戦苦闘の連続、成功するかどうかも分からない、だが苦闘の果てに確かに東洋には着いた。何ものかは得ることが出来た。これがつまりは人生だ…

 

3 『西欧の眼の下に』1910年完成、1911年出版

 舞台設定は、スイスのジュネーブ。時代は帝政ロシア末期。語り手はイギリス人の老英語教師。ロシアからやってきた青年キリロ・シドローヴィッチ・ラズーモフの手記を見ながら、事件の顛末を語る。

ラズーモフ:ロシアの青年。父親はK―公爵だが、父親を知らずに育った。革命家ハルディンのテロ事件に巻き込まれ、苦悩する。

ヴィクトール・ハルディン:ラズーモフの学友。帝政ロシアを倒そうと爆弾テロを行い、ラズーモフを頼るが…

ジーミーアニッチ:馬とそりを所有する老人。ハルディンの逃亡を助けるはずだったが…

K―公爵:ラズーモフの父親。元老院議員。

T―将軍:ロシアの将軍。

ミクーリン国家顧問官:高級官僚。

ハルディン夫人:ハルディンの母。ジュネーブにいる。

ナターリア・ハルディン:ヴィクトールの妹。ジュネーブにいる。兄が頼ったラズーモフを敬愛するが…

ピーター・イヴァーノヴィッチ:革命理論家。ジュネーブ在住。

ド・S―夫人:ジュネーヴ在住の金持ち。ロシア帝室に憎悪を抱く。

ソフィヤ・アントノーヴナ:革命家。ピーター・イヴァーノヴィッチの片腕。

テクラ:メイド。

ニキタ:殺し屋。恐ろしい男。革命グループの実行要員と目されるが…

わたし:ジュネーブ在住のイギリス人で、老英語教師。ラズーモフの手記を見ながら「西欧の眼の下で」一連の事件を語る。

 

 ラズーモフとハルディンの事件はロシアのペテルブルクで起きた。ラズーモフはジュネーブに移住、革命家グループに出入りし、英雄ハルディンに近い人物として尊敬され、苦しむ。彼らロシア人を、イギリス人語学教師の「わたし」が「西欧の眼」で眺めながら、顛末を叙述する。

 

 作家のコンラッド自身は、帝政ロシア支配下のポーランドの出身だがイギリスに行き英語で小説を書いた。コンラッドはロシア(ポーランド)的なものと西欧的なものとの間で生き方を探っているのか。

 

 ジュネーブに住むラズーモフだが、革命家連中にも心を許せない。ロシアの圧政の手が追いかけてくる。誰がスパイなのか? 誰を信じていいか分からない過酷な情況。読んでいて胸が塞がる。現代社会では、どうであろうか。