古田史学とMe

古田史学とMe

古代史を古田氏の方法論を援用して解き明かす(かもしれない…)

以前紀元前九世紀(八五〇年付近)において「シリウス」(シリウスBという伴星の方)の増光(新星現象による)が起き、その際に大量の宇宙線が太陽系に向かってきたものであり、それが地球の磁場により極地方に集中的に降り注いだ結果気候変動が起きたと考えました。(「宇宙線シャワー」により雲ができる…「霧箱」の原理)
ところで紀元前四二〇〇年付近にも全地球的気候変動があったことが各種の調査から判明しています。
そもそも私見では紀元前九世紀に「桜井天体」化した「シリウスB」が赤色巨星から白色矮星になった(戻った)際に「宇宙線」が周囲の恒星間空間に多量に放出され、それにより気候変動が起きたと考えているわけですから、それ以前は「赤色巨星」であった期間があったわけであり、それが各種の記録で「シリウスが元々赤かった」という記事につながったと考えられます。
つまり一度「白色矮星」になっていたシリウスBが「ヘリウム核フラッシュ」という現象により再度「赤色巨星」に戻った時点で急激に明るくなったと考えると(これを「桜井天体化」と称する)、この時点で大量のエネルギーを周囲の恒星間空間に放出し始めたものとみられ、宇宙線についても同様に周囲に放出されるようになったとみることができるでしょう。
「桜井天体」とは「白色矮星」が「ヘリウム殻フラッシュ」という現象を起こした結果、膨張して「赤色巨星」になったものと考えられているもので、このような現象は「白色矮星」の段階で起こるものであり、一時的に「赤色巨星」になった後最終的には元の「白色矮星」に戻るとされています。
シリウスの場合「増光」以前から「赤色」であったとされていますから、「赤色巨星」となったのはかなり遡る時期であったと思われ、現在の考え方では一度白色矮星から赤色巨星化した場合少なくとも数百年はそのまま継続するらしいと考えられており、その意味でも紀元前四二〇〇年前から紀元前九世紀前まで「赤色巨星」として「シリウス」が存在していたと考えられるわけです。
 「シリウス」という太陽近傍の恒星が「赤色巨星」化した際には、非常に人々の注目を集めただろうと推察されますが、その時点以降気候変動が急速に進行したとすると、彼等の認識は当然のようにそれらの現象を関係づけて意識せざるを得なかったものと思われ、人々の意識が「天体」に向かうには充分な状況であったものと思われます。それを示すようにこの時点で各地で天体観測が行われるようになり、エジプトではこの年次付近で一年の長さが正確に計られたとされています。そしてその一年の始まりとされているのが「ヘリアカルライジング」であり、「太陽」と「シリウス」が同時に上るタイミングを一年の始まりとしたというわけです。つまり人々がシリウスに注目し始めたのが紀元前四二〇〇年前だったというわけであり、それは気候変動が起きたその時点であったと思われるわけです。このことは当時の人々にとって「シリウス」と気候変動がリンクしていると考えられていたことを示唆します。
そもそも本来注意を払うべき天体は「変化する現象」であり、太陽、月、惑星がその対象となるはずです。これらはその位置などが日々変化します。しかも惑星の場合は内惑星も外惑星も不自然な動きをします。そのような「変化するもの」こそが観測の対象であるはずですが、この時点で「シリウス」に注意が払われたとすると「シリウス」に何らかの「変化」があったことを意味します。
「シリウス」は「恒星」ですから、位置も季節による変化しかありません。明るさも本来変化しないものです。だから「恒星」という名称がつけられているわけですが、そのような恒星の代表ともいえる「シリウス」に対して注意が払われるようになり、ある意味「シリウス」を基準として一年の長さが決まったとすると、この時点で「シリウス」そのものが何らかの変化を起こしたことの証明ともいえるでしょう。

ところで通常「桜井天体」は、単独で存在する場合はその周囲に「星間塵」などを放出・形成しますが、「シリウス」は「連星」のため「増光」後発生する「星周塵」などは相手の星が吸収してしまうと思われます。「シリウスB」のように質量がさほど大きくない星の場合「赤色巨星」段階から「白色矮星」になる際の「新星」現象がそれほど大規模にならず、相手の星には崩壊に伴う星を形成していた「ヘリウム」等の物質を吸収してしまうような現象が起きるものと考えられます。(ただしエネルギーレベルの高い「宇宙線」などは吸収されず周囲の宇宙空間にいわばまき散らされたものと考えられます。)
「主星」となった現在の「シリウスA」から「白色矮星」となった「シリウスB」に向かって物質が流れそれがある程度たまると上記のような「桜井天体」的な現象が起きるものと考えられ、それが発生したのが紀元前四二〇〇年前ではなかったでしょうか。ちなみに現在でも「シリウスB」に向かって質量の移動があることが観測されており、その影響で「シリウスB」はX線でも紫外線でも「シリウスA」より明るく輝いています。

この時期メソポタミアでは遊牧民族の侵入によりアッカドの滅亡があり、エジプトでも「古王国」と呼ばれる時代が終焉を迎えています。またインダス文明や長江文明の終焉もほぼ同時期とされているなど各地で古代の「帝国」や「文明」と呼ばれる国や集団がその姿を変えてしまう事例があったとされています。これが大規模な気候変動によると考えるのは各種の資料あるいは考古学的証拠などから当然ですが、その原因となるものが明確になっているわけではありません。もちろん太陽活動が極端に弱くなったとみることもできるかもしれません。しかしそれではなぜ「シリウス」が注目されるようになったのかが判然としません。

一般に太陽活動が地球の気候に直結しているのは当然でそれに異論を唱えるものがいるとは思いませんが、他方太陽だけが地球に対して影響を与えているのかというとそうではないと考えます。太陽系の外を見てみると宇宙空間には各種の宇宙線が飛び交っている状態であり、これら宇宙線が太陽系やその内部の惑星に対して何も影響を与えないということもまた考えられないといえます。特に宇宙線はその本体が「陽子」「電子」などの「荷電粒子」がほとんどであり磁場と相互作用を行うものです。太陽系は太陽の磁場がその全体をすっぽりと覆っているとされ、いわばバリヤーとなっていて外部からの宇宙線侵入に対して防御シールドとなっています。つまり太陽活動が弱まると磁場も弱くなり、外部から宇宙線が侵入しやすくなるという状況が考えられます。
「マウンダー極小期」などで知られる長期間の太陽活動低下の時期と気候変動(ヨーロッパにおける寒冷化)がリンクしているというのはほぼまちがいないと思われますが、当然この時期の太陽の磁場によるシールドも太陽系を保護することはできなくなっていたわけであり、大量の宇宙線が太陽系内に侵入したものと推測できます。そう考えるとこの時期の気候変動が太陽活動の直接的な結果なのか、侵入した宇宙線による影響なのかは実は判然としないと思われるわけです。

「赤色巨星」になった際のシリウスからのエネルギー粒子の飛来及び再度白色矮星に戻る際の同様のエネルギー粒子の飛来が極地方の気候条件を変化させた結果(雲ができやすくなる)極地方と赤道地方の温度差がより大きくなり、北極振動の分布が変わった結果気候変動が多極的に発生進行したと考えられ、そのことが農作物などの収穫量の減少、あるいは植物相の変化が人々の生存に直接関わって人々の移動の連鎖を生んだものと考えています。
上の想定が少しでも正しければ宇宙線よる影響が他にも現われるはずであり、紀元前九世紀と同じく放射性炭素の増大による炭素年代測定と年輪年代測定との間に乖離が発生すると思われ、これについて調べてみると年輪年代法による四二〇〇年前という年代推定に対して炭素年代として5300yBP、つまり紀元前三四〇〇年程度の値が多く出るとされます。これは紀元前九世紀と同じく多くの放射性炭素が残存していることを示し、生成量が通常よりかなり多かったことを示すものとみることができるでしょう。そのため実際「年輪年代」よりもかなり「新しい」ことを示す値が出てしまうことを示します。
放射性炭素の生成メカニズムから考えて、これらのことは「宇宙線」の地球(極域)への侵入が多かった可能性を示すものであり、その影響により気候への変化が人間生活に少なくない影響を与えたものと当方は見ています。