「船の旅リポート」(31)その1 | JBジャムのダンスブログ

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お散歩にもはまっています。でもなかなか出掛けることができません。





仕事に追われてしまってメールボックスを開かなかったら






チャックからのメールが来ていた。






 






 






船の旅リポート(31)その1   From Chuck






 




 




 


 




 


217日(水) 晴




 


 




 


 波は大分おさまってきた。今朝は通常の午前中のメニューをこなした。この航海記の読者の皆さんは、僕の生活を見ていると航海中は単調な生活を送っていてさぞかし退屈なのだろうと誤解されるかも知れない。航海中をどれほどアクティブな生活にするかは、その人の性格によると思われる。僕はとても面倒くさがり屋なので、一度生活パターンを決めると、その通りにやることに努力してしまって、他の生活パターンに変更するような融通が効かないのだ。従って、日本にいても船上でも同じような生活をしている。今朝も通常のメニューと言ったのは、5時半起床、6時から太極拳、6時半からラジオ体操、その後真向法、その後ヨガをする。昼食後は、毎日午後の各種のアクティビティで変化を与えている。夜も遅くまでお酒を飲んで騒がずに、飲んでも10時過ぎには就寝するという、極めて健康的と言うか、変化に乏しい生活を送っている。




 


 




 


 今日は、午後1時からS-7のⅠ氏の部屋で、この間からのマージャン仲間であるI氏、Yさん、J子さんと僕の4人で卓を囲んだ。先生はサファリ・ツアーで同室だったⅠ氏だ。




 


マージャンパイとシートはカードルームから内緒でⅠ氏の部屋に持ち込んでいる。船室でのマージャンは一応自粛することになっているらしい(ジャラジャラと煩くて他の船室の人たちに迷惑になるので)。しかし、Ⅰ氏の部屋は、最上階の特別室で他の船客の部屋からは離れているので、大目に見てもらっている(ことにしている)。今日は、僕は比較的ついていて、何度か上がることができた。




 


 




 


 4時前には終了して、その後は再度水先案内人の中西武志氏の「アウトドアフィットネス~圧倒的な解放感~」というセミナーに出席した。その中で、彼は今年4月から原宿で代々木公園を中心に「アウトドアフィットネス」のクラブを発足させると言う話を聞いた。僕も毎朝代々木公園で早朝ウォーキングをやっているので、このクラブに興味ありとして中西さんと名刺交換しておいた。ノルディック・ウォーキングなどもやるらしい。




 


 




 


 今日も空いている時間帯に何度か無線ランでインターネットへの接続を試みたが、回線状態が悪く繋がらなかった。その内、ようやく繋がっていつものOCNメールを呼び出したところ、パスワードが必要という画面が出た。いつも決めているパスワードを打ち込んだところ違っていると言う画面が出た。さあ、大変。その後いろいろ試したが、その都度違っているとのことで、1分毎に42円が賦課されて行くので、これ以上は無駄だと判断し回線を切った。それにしても、日頃はパスワードを請求されなかったし、覚えているパスワードが違うとなると万事窮す。もうOCNメールは使えないことになる。困ったなとは思ったが、何とか方法を考えようと思って、自室に戻った。パスワードを何かに書いたような覚えがあるので、持ってきた書類や財布の中のメモまで見たが無い。どうしても思い出せない。やはり認知症が進んできたのかも知れない。寝る前に血圧を測ったら、上が180、下が90になっていた。




 


 




 


本日正午の本船の位置: 南緯5330分 西経6400分 水深276m 速度14.58Kts 気温11℃ 海水温8℃ 風速17Kts 波高4Feet 気圧1019hPa 日の出06:17 日の入2048 丁度南米大陸とフォークランド諸島との間あたりを航海していた。1800頃には左右に島影が見え、本船は201度から270度に転針し、明日早朝の入港地ウシュアイアに向けてビーグル水道に入って行った。 











218日 (木) 晴後雨


 

 


 

 今朝6時にアルゼンチン国最果ての地ウシュアイアに入港した。今朝は早くから目が覚めていたので、デッキに出て眼前に広がるウシュアイアの街の灯りや明け染める日の出の光景を楽しんだ。やはり外気温は冷たい。


 

 


 

 ウシュアイアは、南極への航路の内距離が一番近いので、基地港となっている。僕たちの本船の前に、その名もずばり Ushuaia と言う南極航路の3,000トンくらいの船が停泊していた。船尾に上陸用のゴムボートを山積みしてあり、10日間の遊覧航行を終えて今朝入港したとのこと。この船ともう一杯の同じ様なサイズの船は、夕方には船客を載せて南極に向けて出港していった。とんぼ返りで運航しているのだ。


 

 


 

 ウシュアイアは、元は囚人のための監獄があったところで、1950年代まで使われていたと言うから驚きだが、現在は博物館になっていた。この街の人口は70,000人ほどで、特に産業が発達しているわけでもなく、南極への基地として発展してきた最果ての地である。


 

 


 

 寄港地プログラムは、「ティエラ・デル・フェゴ国立公園観光」を選んでいたが、その出発が10時とのことで、出発までに十分時間があったので、昨日失敗した無線ランによるインターネットへの接続を試みた。しかし、OCNメールはやはりパスワードが合わず、失敗した。かくなる上は、最初にやっていたMSNHotmailで交信することで、取り敢えず急場をしのぐことにして、航海記(30)を添付で送信した。しかしOCNメールをこのままにしておくと帰国するまでに迷惑メールが130通として1,500通くらい溜まることになり処分に困りそうなので、家にHotmailを入れて自分のパスワードを連絡してくれるように依頼した。みっともない話で、信用を失ったが仕方がない。今回の教訓としては、やはりパスワードは暗号か何かにして書いたもので身につけておくことだ。でなければ、何か記憶できて他人に推測されないような特殊な番号の組み合わせで統一したものにするかだろう。だけどこれはやや危険だ。ともかく、家から連絡がきて、それをOCNメールが受け付けてくれるまでは、当分Hotmailでの交信となる。


 

 


 

 「ティエラ・デル・フェゴ国立公園観光」は、それ程素晴らしいものではなかった。バス3台に分乗して、元監獄と船舶博物館の見学、その後昼食(そこで飲んだ5US$の赤ワインは美味かった)。再度、バスで「世界の果て駅」から「世界の果て号」という蒸気機関車に引かれた汽車でティエラ・デル・フェゴ国立公園に向かった。おもちゃのような鉄道で嘗て囚人たちが木材の搬出ように敷設した軌道を現在は観光用に利用している。国立公園そのものは、それ程見るべきものは無く、移封されたビーバーが作ったダムの跡とか、ラパタイア湾、ロカ湖などを見て回って帰船した。


 

 


 

 ウシュアイアは、カニ(キングクラブ)が美味しい地とのことで、夕食にとレストランを聞いて訪ねたが、生憎レストランは7時からしかオープンせず、一方本船の帰船リミットは午後8時、出港午後9時なので、1時間しか余裕がなく、これでは夕食は無理と判断しカニはあきらめて、本船で夕食を摂った。


 

 


 

 その前にO氏が、奥様のために「インカローズ」と言うピンク色の宝石を買いたいと言うので付いて行ってあげた。彼は、ブエノスアイレスで買ったのだが、日本との時差の関係でクレディットカードの確認が取れずあきらめた経緯があったので、良いものがあったら是非ここで買いたいと言っていた。お土産品屋にはいろいろ売っているが、内部に傷があるものばかりで、宝石としての価値が無いそうだ。彼は大阪府立大学の応用化学の元教授で、結晶学にもそれなりの造詣がある。それで、街の宝石屋を探したところ、港の近くにH.Sternがあったので、そこで購入した。750US$のものを買っていた。アフリカではタンザナイト、南米では特にアルゼンチンではインカローズが有名とのこと。きちんとした品質のものを買う場合は、それなりにきちんとした店で購入しないと素人は騙される。特にお土産品屋で、この種の宝石は買わない方が良い。但し、自分が気にいって、ニセモノでも良いと思えばそれはそれで別の話だが。H.Sternでは、購入後に赤ワインを出してくれた。宝石屋がそんなことをするのかなとややいぶかしく思ったが、ご相伴にあずかって一杯飲んできた。


 

 


  本船は午後9時に予定通りウシュアイア港を出港した。今夜ビーグル水道を抜けていよいよドレーク海峡に入る。南緯60度線より南を南極圏としているので、明日夕刻には南極圏に入る。現在低気圧が発生している由なので、多分本船は明日の午後辺りから揺れが予想される。どの位揺れるものか、怖いもの見たさで、「吠える60度線」の初体験を期待している。