『透明人間』反省点
■透明人間反省点■
先日作成した詞「透明人間」の反省すべきところに焦点を当ててみる。
① 比喩としての「透明人間」 英語の「Invisible Man」や「透明人間」は、
転じて比喩的に影の薄い人を指す言葉として用いられることもある。
ラルフ・エリソン作『見えない人間』(Invisible Man)などの文学では、
白人から存在を無視され続けるアメリカ黒人 青年のアイデンティティを扱っている。(『wikipedia』引用)
前回の詞(透明人間)では、こうした意味での透明人間に関して指して、変身する男たちの法則を参考に
(a)男が透明人間(比喩としての透明人間)である。
→男がなんらかの神的力により
(b)透明人間に身体的になってしまう。
ということを意識して制作したが、透明人間の問題に 人からする透明人間への憧れがある。
(三月記の虎もそうかも知れないが) 足りないものは何か。心か。常態か。
男から発生する根源がクリアであっても、男の存在はもちろんそれぞれの存在がクリアであり、
クリアな状態で他者へ伝えることが出来るか。 今後の課題になりそうだ。