変身する男たち
変身する男たち
三月記 :中島敦
隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、
ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、
賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。いくばくもなく官を退いた後は、故山、
略に帰臥し、人と交を絶って、ひたすら詩作に耽った。
下吏となって長く膝を俗悪な大官の前に屈するよりは、
詩家としての名を死後百年に遺そうとしたのである。
①男は虎になる。
大切なことは 虎になるのは結果であり、
結果に結びつく、何が発生したからという部分を埋めることでは無いか。
A男の職業
B男の性格
C男のあるべき姿、状態 etc.
重要なのはどこか、ABC、はもちろん、状態である。
「論理的に説明がつかない」=不条理 ではなく、
ある一定の条件を満たしたもの→(作者という神的の力)→変態するといってもいいのではないか。
変態する上では神的力によって記号化され、目はそこに行きやすいが問題はそこではなく、
ある男の人間に歪みが生じた上で記号化されるということだ。
「この世界には現実のハムレット、リア王、マクベス、オセロがいる。教科書に出てくるのは
すべて冷徹で合理的なタイプであるが、この世にはもっとさまざまなタイプがいる。」
アマルティア・セン『経済学の再生:道徳哲学の回帰』より。
じゃむち