前回までは、昭和時代。一足飛びに平成へ!
といっても、平成元年ですから、これまた古いお話となりますが、お付き合いいただければ幸いです。
さて、税務署を2署経験。
ようやく2署目(昭和63年)のときに、税務署にも、ポケコンが導入され、パソコンも僅かな台数ですが導入されました。
日立のラップトップパソコン(今や死語⁉)なんですが、5キロはある大きなもの。
当時はパソコン使える職員が少なかったので、ほとんど独占状態。そのパソコンを駆使して、調査等に活用!
その噂が国税局まで伝わり、「これからはパソコンを使える職員が必要」と、国税局所得税課のY補佐の目に留めていただいたようで、平成元年(1989年)7月、国税局に転勤しました。
所得税課というのは、いわゆる主務課といって、事務運営=施策を考え、署を指導する部署なんですが、そんなこと知らない私は、「オレもやっと出世したかな」ぐらいの緩い気持ちで転勤してきました。
7月10日が異動日で、着任早々、最終電車( ゚Д゚)
えぇ~っ、公務員なのに、そんな遅くまで仕事させられるの⁉
それも、5時になったら、クーラー止められて、汗びっしょり。
いつになったら晩飯食べれるのかなと思いながら、不慣れな仕事をしていましたが、一向に食事をしない。
先輩曰く「今日は電車で帰れるんだったら、食事せず、一気に仕事してしまおう!」
「お腹すいた・・・」「目が回る・・・」
でも食事させてくれない。。。
なので、廊下にある冷水器で、水をガブガブ飲む。
そうすると、汗がにじみ出てきて、またお腹が空く。
それを何回か繰り返すと、ズボンに塩が吹いて白くなる始末。。。
めちゃくちゃ忙しかったわけですが、それは、消費税導入の年。
不慣れな納税者に、どう消費税を周知し、適正申告に結び付けるかが国税庁の最重要課題となっていて、局長会議や直税部長会議など、会議資料の作成でバタバタだったわけです。
仕事の内容も、税務署とは全く異なり、会議資料作成のため文章を書かないといけないのですが、いわゆる「て」「に」「を」「は」がわからず、先輩からOKが出ない。また、各自担当を持っていて、その仕事を一人でこなさないといけないので、土日も出勤。持ち帰り仕事も。。。
当時、パワハラ、サービス残業なんて言葉がなかった時代。
食事もままならず、徹夜することもあり、私は2か月で7キロ痩せてしまいました・・( ゚Д゚)
そのような中、新たな税金である消費税について、私は、
「そうだ、ポケコンで、消費税も自動的に計算できれば、便利になるやん!」
「よし、作ったろ!!」
と思い、チコチコとプログラムを作り始めました。
ところが・・・、
隣にいた大先輩が、
「お前、仕事もせんで、何遊んでんねん!」と激怒されました。
私「いえ、消費税の計算システムを作っているのですが・・。」
先輩「そんなもん、空いた時間にやらんかい!今は会議資料の作成で忙しいんや」
私「はい、わかりました・・・。」
ということで、勤務時間中にプログラムをすることは出来なくなった私。
毎日、毎日、終電で、家に帰ったら、バタンキューで寝不足が続く・・。
そこで考えたのは、行き帰りの通勤電車の中。
当時は、伊丹の官舎に住んでいたので、1時間ぐらいかけて通勤。
その時間を利用して、プログラムをすることにしました。
いやぁ~、まさに公務員残酷物語でありますね・・・。
そうやって苦労して完成した消費税計算システムは、その後、凄い展開が待ってました。
<つづく>






