こんにちは。大阪南船場の「お節介税理士」@野口たかしです。
GW10連休の方も多いのではないでしょうか。
私は、暦通りの出勤であります。
前々回のブログで、これまでの「開発秘話」のインデックスをアップしたところ、初めてお読みいただいた方もいて、「毎年、作成コーナーが便利で使っていますが、過去には、そんな苦労話があったのですね」といった温かいコメントをいただきました。
平成15年(2003年)に開設した「作成コーナー」も、今年で19年経ち、多くの方に利用いただいていますが、導入当初は、ホントいろいろありました。で、今回は、全国的に有名になった2年目のトラブルについてお話したいと思います。
当時の利用件数を振り返ってみる
導入は平成14年分の確定申告から。
当時どれだけ利用があったのか忘れてしまいましたので、ネットでググってみると、ありました、ありました!
そうか、アクセスで333万件余りあったと。
翌年(平成15年分)が518万件、翌々年(平成16年分)は、飛躍的にアクセスが伸びて1,023万件!倍々ゲームで伸びていきました。
年々改良が加えられ、入力画面もオーサライズされ使いやすくなりましたし、一度使っていただいた方のリピーターが増えたこと、そして、何よりも2年目のトラブルが、一気に作成コーナーを有名にしたと思っています。
2年目は安定運用と思いきや、またしても接続障害が・・。
2年目、私は引き続き1係長をしていて、開発担当ではありませんでした。
開発担当は、去年3係長だったH氏が昇格して専門官になり、K補佐から引き継ぎました。、
安定運用のため、去年のメンバーを残して、盤石の体制で開発する布陣を敷いたということでしょうか。
初年度に比べると、順調に開発が進み、平成15年分確定申告期を迎えました。
去年の接続障害の経験を踏まえ、サーバーも増強し、今年は何のトラブルもなく稼働できると思っていました。
ところが、ある利用者から連絡が入りました。
「入力が終わり、申告書を出力したところ、別人の申告書が出力された」
ええっ、単にアクセスができないというのではなくて、別人の申告書が出てきた!?
個人情報保護法が制定され、他人の氏名や住所が漏れてしまうと大変なことになってしまいます。
去年はそんなトラブルは無かったのに、何故?、なぜ今年になって、そんなことになってしまったのか・・・。
やはりサーバーの構築がおかしかった。
「作成コーナー」は閉鎖。トップページには、お詫びのメッセージ。
トラブル解明のため、開発業者のH製作所の担当者がすっ飛んできました。
夜遅くまで開発担当と打合せ。
部屋は、誰一人、声を出せないような雰囲気に・・・。
その結果、判明したことは、⓵住所や氏名を覚えておくサーバーと、⓶申告の計算・出力を受け持つサーバーがあり、アクセスが集中することで、⓵⇒⓶のデータ受け渡しにズレが生じることがわかりました。
つまり、⓶のサーバーは計算と出力を受け持っているので処理が重たい。そのため、⓵のサーバーから住所・氏名のデータが送られてきても、⓶のサバ―が許容量を超えてしまって、別人の住所・氏名のデータと結合されてしまったようです。
サーバーの容量をチューニング。その再構築したシステムを、部屋のメンバー全員で夜通しテストすることとなりました。
テストデータを使って、作成コーナーに入力。入力内容をログに取るのと、サーバーのメモリ使用状況をチェック。
それを繰り返し、繰り返し、何度もチェック。。。
今回も3日ほど徹夜が続いたと思います。
フジTV「とくダネ!」で小倉智昭のメッセージに涙した!
前述したとおり、昔と違って個人情報の取扱いは非常にセンシティブで、隠すわけにはいけないわけで、国税庁は、今回のトラブルを記者発表せざるを得ないと判断。
その結果、ヤフーニュースのトップページに、今回のトラブルがアップされてしまいました。
早くなんとかしなければ・・。
部屋の雰囲気は益々重くなるばかり。
徹夜明け、部屋にあるテレビをつけていたところ、朝の情報番組であるフジTV「とくダネ!」がオープニングで、今回のトラブルを紹介。
司会者は、小倉智昭。
部屋のメンバーはみんな、
「あぁぁ、今回の国税庁の失態をめちゃくちゃ非難されるんなだろうな・・・。」と思っていました。
ところが、小倉さんは、
「自宅のパソコンで申告書が作成できる画期的なシステムなんです。今回のトラブルにめげずに、国税庁頑張れ!」
とエールを送ってくれたのです。
それを聞いたメンバーは皆、肩を震わせ目には涙が・・・。
(編集後記)
フジTVの「とくダネ!」での小倉さんの声援に、どれほど当時のメンバーは勇気づけられたことか、今でも鮮明に覚えています。
七転び八起き、ただでは起きない国税庁とでも言いましょうか、このトラブルが全国で放送され、「作成コーナー」は一躍有名になり、アクセスが飛躍的に伸びたのだと思います。
さて、次回は、私は2年の単身赴任を終え、大阪に帰れる!と思っていたところ、当時の開発担当であるH専門官を引き継ぐ形で、私が作成コーナーを開発することに。
私に与えられたミッションは、新たなシステムの構築。さて、それは何か・・。2回に分けてお送りいたします。乞うご期待!

















