冬季鬱が改善されたからと言って、
神経質な苛立ちが無くなったわけではない。
基本的に人と接すると、苛立ちや不快感がよくある。
演じている間はいい。例えばもてなすような関係性なら、
スイッチが入って割り切れる。
しかし友人やら親族になると、途端に管理し,
無駄な動きをさせないようコントロールしたくなる。
予想外の乳がん罹患や、母の半身不随、体力に自信がなくなった
この5年間でより悪化したように思う。
予定にない、意外な未来は、怖くてたまらないのかもしれない。
そして、うろたえる私をみて、役立たずと思われるのが怖いのかもしれない。
不安が怖い。予期不安が怖い無限ループに似ている。
でも、怖いって言ってはダメとブレーキをかける自分がいる。
これには、まだぼんやりして名前が付けられていない。
支配し管理してこそ、正しい生き方ができると思う、もう一人の自分
きつい副作用のリュープリンは5年タモキシフェンは10年。
とりあえず5年頑張ろう、リュープリンが終わったら、
生理が再開しなくても、楽になるかもしれないと、思い治療を続けてきた。
去年の11月で5年。私は5年という数字にとらわれている。
パニック症状がないこの冬は特に、自分の内面を振り返る機会が増えた。
罹患前の性格は、もうあまり覚えていない。
異常に思える部分に蓋をしたら、消えてくれると思っていた。
優しい人や素敵な人たちの善い行いを真似すれば、
きっと悪い心は消えると。上書きすれば見えなくなると信じていた。
私の気づけていないナイト君は、まだまだいる。閉じ込めてつぶして、
もう原型もなくなってもなお、私の中で主張する。魂が生きている。