母の外出面会時、ピアスを片方なくしてしまった。
金継ぎの、先日買ったばかりのピアス。
どういう心の動きをしたか、包み隠さず整理する。
その時、まず今日会った妹、母、伯父を恨んだ。
今日が車椅子補助や上着の着脱がなければ、こんな事にはならなかった
妹が気を利かせて動いてくれたら、
誰か、「あれ?片方ないよ」と言ってくれたら。
実家に電話をし、落ちていないか確認した後、上着をくまなく探す。
無かったため、「でも、金やプラチナじゃないからいいや」
「でも、去年見たのとちょっと違うデザインだし」
と立て直そうとした。
いつもはボディピアスだから落ちないのに、
こんな事なら買わなきゃよかった。と思った。
①一通り他責にし、②苦しくなったら気持ちを誤魔化して回避、
③最後に不貞腐れるという流れ。
欲しかったピアス。手に入ったのが嬉しくて、
動きの多い日に着けて行ってしまった。
去年から想い、ようやく購入して、
2日で片方なくしてしまった事への苛立ちと悲しさと悔しさ。
そして、辛い出来事や後悔を振り返る時、
誰にも反応されていなくても、「でも」と言い訳を言う自分がいる。
精神科医に、学生時代、同居の祖母の痴呆が重なった時期の話をした時もそう。
「でも、私は何も手伝っていなくて。」「でも、母はいっぱいいっぱいで。」
それを言うことで、「私は甘えていません」
「私だけが辛いと思っていたわけではありません」
「ちゃんと我慢してきたのだから、これ以上私を揺らさないで」
といいたいのか
それとも、「私は自分がかわいそうと言いたいわけではないんです」
「図々しいと誤解しないで。」
「ここで嫌わないで、このタイミングで否定されたら、私傷つくんです」
とでもいいたいのか。
どちらにろ、相手の反応が、怖くて仕方がないのだ。
わがままで、利己的で、被害妄想が強い。
そんな自分を指摘されたり、見破られるのが、怖くて仕方がない。
でも、そんな自分でも、いいんだよ。私だけは、味方する。
と強く思えたら、どれだけいいだろう。