今日は美容院。その為、朝の作り置き、買い出し、カーテンの洗濯後
美容院でカットカラーをし、帰宅は15時30分。
スーパーへ行って母へ割引されたイチジクを買った。
熊本産の特売オクラも買った。
美容院へ行くとき、母に体調の電話をした。
昨日あたりからすっきりし落ち着いたらしい。
水分を取りたがらない母に電話で怒鳴った。
母はメールが送れなくなった。できないことが出てきて
昔のような母ではないような、でも変わらずパリジェンヌのような
プライドの高さというか我の強さはあり、
幼少期の「母がいなければ生きられない時代」の気持ちがざわざわする。
(母が、シンプルを好めば、私は無意識にそれに合わせてしまう)
コーヒーと抹茶のカフェインを好み、水はごく少量。
外出時もトイレへ行かないこともしばしば。
水は認知症予防、前回の迷走神経反射にだっていいはず、と私は思っている。
飲まないなら、もうどこにも連れて行かないから(これは母への支配、お試し行動)
ちゃんと飲んで、飲めばいいのよ(これは母が言いなりにならない不安)
そして、綺麗な言い方をすれば、老いる母が不安。また倒れたら。
死期が早まったらどうしよう。日常生活に関しては高圧的にしか母と対応できない。
前回の美術館の時、アンティークオルゴールの演奏があった。
あの時、私は、オルゴールと、目を閉じ音を聴く母の顔を交互にきょろきょろ見比べ
「わぁ!すごいね!」と笑っていた。あの時、私は、母の娘であった。
昔、飼っていた犬を母と散歩させていた際、
仲のいい犬とすれ違った時に、うちの犬が私達にしたみたいに。
自分の価値観を母に認められたかった、幼少期の私はまだ居る。
母に甘えても、川崎病を患っていた年子の妹が優先されやすい環境で
母の共感を得るには、母の好みに合わせる事であった。
(19を過ぎたあたりで大反抗期が起こったが、それはまだ先)
ようやく車椅子の母を独り占めできるようになった、と思う自分も数パーセントは居る。
しかしそしれは、車椅子を押して母の好きそうな所へ連れていく私と、
母を物のように支配しようとする私、どちらの心にも宿るから、
いつまでも妹のように可愛い娘のままでいられない。
専業主婦の妹は、病院に来なかった。気まぐれに母を外出させるだけ。
それでも、妹は可愛い娘。仕事をしながら母や実家の伯父の事を気にかけ
休日の半分をその為に使っている私は、私は何なのだろうと思う。
答えは、好きなように生きればいいのだ。でも、そうしたって実家の様子を見て
母を退屈させないように、今と同じことをするだろう。