火曜日 見ない方がいい | 202GO

昨日、食べ過ぎた。とはいってもひよこ豆スナック菓子二袋を余分に。

でも、10代の時の過食に比べたら、本当に食が細くなった。

胃が弱くなり、すぐに胃が痛くなって眠れなくなる。

しかし体重は減らない。私の体は、もう痩せるのが嫌になったのだと思う。

 

----メンヘラ暴走 ここで引き返して----

 

高校生の頃、60キロを超えた時点で、

ダイエットをした。体脂肪は10、体重は42キロ。

ダイエットのやめ方が分からなくなり、

過食に移行し、私は吐かないけれど下剤を使った。

もう過食なんかやめよう、とまたストイックな食生活に戻り、爆発する。

むしろ過食の為に日々耐えていた。

 

大学では、昼間は煙草を吸い、ダイエットコーラや水を飲んだ。

4ミリ前後のフランス煙草。一箱240円。どの鞄にもライターと煙草は入れていた。

ナプキンを忘れる事はあっても、煙草とデパスは持ち歩いていた。

クラスメイトという呪縛から解き放たれ、私は39キロになった。

 

非嘔吐のため、過食症にしては小食、拒食にしては太りすぎと思っていた。

病気にも健康にも、正気にも異常にもなれない。いつも振り切れない存在。

自分が何者にもなれなくて苦しかった。

 

幸せになるためにダイエットをし、ダイエットを機に、幸せになる努力をやめた。

そして堕ちきれない自分をいつもぶっ壊したかった。

 

保健室に行けば、心配してくれる。空々しい心配。

「切りすぎちゃって」と言えば、手当てしてくれる。

傷はどんどん深くなる。この間、見せた時よりも、もっと深く。

居場所がない。

こんにちは!暇だから来ちゃった、なんて言えなかった。

 

家でもどこでも、授業が終われば自由になるが、どうしていいかわからない。

そのため腕を切る。皆がランチをしている時、

私は煙草を吸って、カッターを血だらけにしていた。

17歳のカルテという映画に感化され、入院に憧れた。

なんて安全なところなんだ、病院は。

 

しかし、私は医学的に見ても、ただの不安定な女の子だった。入院はさせてもらえない。

夜の仕事が私の居場所になった。自己犠牲の強い女の子たち。皆、温かくて優しかった。

彼女たちの事は、一生忘れない。