Five | a Day in My Life

a Day in My Life

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音楽と言葉と人間を愛する人です☻

20年近く前のと或る金曜日。
学校で仲の良い友達と、昨日の夜のテレビ番組の話になった。
同じ番組を観て、同じタイミングで、彼を好きになった、

という楽しい話。

ファンクラブに入るには
当時、ハガキを投函しなくてはいけなくて
その友達と一緒にポストに行った。
それから、すっかりファン歴、とっくに人生の半分以上。

とはいえ、その前からも、

小学生の頃も、土曜日のお昼は彼らを観ていた。

お年寄りのおうちで孫になる姿や子どもたちをあやす姿…
お茶の間に浸透していくように、

子どもの私にも浸透していっていた。

日々は彼らによって優しく彩られていたこと、
その当時は気が付くことすらなかった。
なぜなら、それは私にとって、それが初めての体験で、
特別だという意識がなかったから。

だけど、彼らがいなかったら、
中学生のころにダビングしてデコったMDも
放送係になってお昼休みに曲を流したことも
炎天下の中、早朝からグッズを買うために何時間も並んだことも
ライブ前に東京ドームの近くで飲んだフルーツソーダも
北海道でライブ終わりに食べたジンギスカンも
コロナ禍に小さな部屋で観た配信ライブの空間も
たくさんの笑った瞬間もたくさんの泣いた時間も
全部なかったのだなあ、なんて思うと
それは自然と私の人生の一部だった、

ということに近年になって気が付くわけで。

ラストライブに際して、
「嵐は青春!」なんて言う人をよく見かけて、
まあたしかに青春であることは間違いないのだけれど
私にとってはもっと大きくて、
或る一定期間に限ったものではなく、
人生をともにしてくれた、人生を彩ってくれた、

本物の宝物でしかないと思ったりする。

4月1日。東京ドームのライブに行った。
そのために一時帰国した。

きっとまた嵐に会うこと。
それは最後にライブに行ってから6年半 抱き続けた、
ささやかで、とても大きな夢だった。

夢が叶った3時間半は、
一瞬たりとも目を霞ませまいと思うのだけれど、
結局はほとんど泣いていた。
また会えた嬉しさと、これが最後になる寂しさと、
これまでのすべての思い出と、
一緒に行くことができず

ゲートまでお見送りに来てくれた友達のことと、
今日までの私の人生のあれやこれやを、思い返しては泣き、
そして、その全てを司る嵐とその音楽の力を痛感していた。

泣きじゃくりながら、
何度、ありがとう、と叫んだだろうか。
伝えても伝えても足りないくらいの感謝の大交換会。
あたたかい。そして、優しい。

終わってもずっと泣いていたなあ。
人混みの中、すっごく雨が降っていて、
びっくりするほどの疲労感だったけれど、
紛れもなく、もう一度、嵐に会えた日だった。

それでも
まあまだあと2ヶ月あるしね、なんて
敢えてと言わざるを得ない悠長さと余裕感をかまし、
そして、まともな実感もないままに迎えた5月31日。

大好きな嵐のラストライブ。

大切な友達と、一緒に配信を観ることができた。
トラブルもあったりして、スムーズにはいかなかったのだが、
もはやそれも記憶に残る話になってしまった。

兎に角、彼らは、誠実で、優しい!本当に優しい。
そんな優しさを降り注がれた私たちは、幸せでしかない。
これから先もきっと大丈夫だと思えるのは、
最後がこんなにあたたかかったから。

彼らの楽しい姿と、彼らの音楽を胸に、

これからも一生懸命に生きていこうと思うのだ。

未来に嵐のファンを更に増やしたいと思って

やっぱり絶対結婚したいなあなんて、

結婚願望が更に高まったりもした。笑

 

そして何より、私も誰かの人生の生きがいとなれる

きっかけを作れるような、彩れる仕事ができたらと思った。

そんな意味でもまた、彼らを尊敬している。

 

ずっとずっと、楽しかった。

だからこれから先もずっと、楽しい。

 

その幸せすべてにありったけのありがとう。

5人の人生がこれから先も幸せで溢れていますように。

 

夢のような現実と永遠を、忘れないでいよう

 

あでう