a Day in My Life

a Day in My Life

japan/ switzerland/ america/ england
音楽と言葉と人間を愛する人です☻

8月がもうすぐ終わる。早いなああ。

 

先日、ついに数ヶ月頑張っていた修論?プロジェクト?を

無事に提出した。

毎日向き合って、少しずつ書き進めて、大体楽しくて、

時々思うようにいかなくて、やる気がなくなって、

でも進めていくと面白くて。

あっという間の締めくくりだった。

 

そんな数ヶ月。それ以外にも色々あって、様々を感じた。

 

まずは、高校生の頃からの友達の結婚式に参列した。

 

数日前に会った友達もいれば

もう何年も会っていない友達もいたけれど、

まさに、一堂に会するという表現がぴったりの空間で、

それはそれは、とにかく素晴らしいお式だった。

 

出会った時は15歳だったその友達が

すごく素敵な言葉を紡いでいて

かっこよくて感激してしまった。

 

そしてなんといっても二次会が夢みたいだった。

またあんなふうにみんなで集まって

音楽にのって踊ったり叫んだりできる時間を

過ごせるなんて思ってもいなかったから

懐かしくて、切なくて、嬉しくて、披露宴より泣いていた。

 

それから、つい最近はオランダに住んでいる友達を訪ねた。

高校の同級生がオランダ人のパートナーと暮らしいて

おうちにお邪魔して、色んなところに連れて行ってもらって。

観光名所から、地元のジム、家庭の朝ごはん。

朝起きてから、彼女の運転する車での移動中、夜寝る直前まで

ずーーーーっと永遠に喋り続けた。

あの頃のこと、もっと昔の子供の頃のこと、

この10年のこと、今のこと、そして未来のこと。

大人になって解像度の上がった私たちが見つめる世界は

すごく面白い場所な気がして、いつまでも喋っていた。

 

自分自身が何者か、幸せとは何か、

よく掴みきれないままに 将来のことを考えさせられ、

毎日笑っていることが正解のような10代の日々に

同じ寮の廊下を挟んで向かいの部屋に住んでいた彼女。

13年経って、今、超絶ステキな家族と暮らしている姿を見るのは

この上ない喜びだった。

人の幸せにこんなにも嬉しさを感じたのは初めてかもしれない。

そのくらい、私まで幸せな気持ちになった。

最高に素晴らしい彼女のパートナーと、その家族が

本当に本当にあたたかくて、

美味しいアップルストロープのようにしつこくない甘さがあって

優しいオレンジティーのようにぬくぬくだったから。

 

オランダは初めて訪れたけど、

最高に楽しくて、あたたかくて、

幸せな時間を過ごさせてもらえたとても好きな場所になった。

 

ロンドンでの日々は相変わらず、最強です。

嫌なことがあった日も、すごく悲しい日も、

この街を歩くだけで、私が一番強くなれる。

つくづく、身体にも心にも合っていて、

毎日やっぱりロンドンが大好き。

 

この生活に終わりが近づいていることから

目を逸らしてしまいたくなるのだけれど、

身体は微かにその事実を感じ始めている、みたいだ。

 

修論にメンターとしてサポートしてくれたシンガーの方と

締めくくりのミーティングをして、一緒に歌を歌った。

鋭い目でスクランブル交差点を渡る2年前の私を

空から眺める私は、歌に乗って、少しずつ渋谷の街を離れて、

最後はロンドンの部屋の椅子に座っていた。

そんな道中を少しずつ振り返っていくその歌は

とても満足気で嬉しさに満ちていた。

 

彼女に、東京に戻ることについてどう思うか聞かれた時、

仕事に戻った私が、どんなことを思うか分からないことには

ワクワクしている、と答えたけれど、

今思うとそれは結構強がった答えだったなと思う。

 

正直、単純に戻りたくないという気持ちではなく、

あの生活に戻ることが嫌なわけでもなく、

ましてや戻れるかどうかが不安なわけでもなく、

だた、あのモチベーションと毎日のインテンスな生活に

きっと私はちゃんと戻れてしまうだろうことが、怖いのだろう。

 

向けられる見えにくい感情も

タイミングが違えばきっととっくに手放しているはずなのに。

 

ロンドンでの超絶健康的な毎日と

友人たちが見せてくれたあたたかい幸せは

私にとっては、永遠ではないし、実体のあるものでもない。

 

欲しいもの、手に入れたように見えても、

結局、私には掴めないのかなあと。

 

幻のモラトリウムになってしまうのではないかって

そんな怖さを、今、実は感じているみたいだ、

大好きな人の作る音楽を聴いて、気が付いちゃったな。

 

まったく ロンドンが好きすぎるんだ。

 

あでう