オフィーリアが私を呼んでいる。
オフィーリアを観に行かなくては…!
新学期が始まって2週間。
高校生のころからの友達が遊びにきたりして
贅沢なアフタヌーンティーに大満足して
沢山おしゃべりをして 本当に楽しい日があった。
嬉しいお土産をいっぱいもらって、
その中に入っていたドライ明太子で白滝明太子を作ったら
本当に美味しくて、お蕎麦みたいな勢いで食べた。
ロンドンはここ10日くらいずーっと曇りか雨で
勿論 太陽が空に昇っている時間も短く
私が10日間で太陽光を浴びられたのはたぶん合計5分くらい…?
グルーミーな天気は大好物なので
特にメンタルには影響はないけれど、
どうにも身体がだるくて
本当にずっと溜め息が止まらない毎日が続く
その不思議な現象はなかなか興味深かった。
これが所謂ビタミンD不足か!?と思って
まだ手を出していなかったサプリを飲み始めたら
あら。なんだか溜め息が減ったのです。
本当に効いているのか、気休めか、其れとも ただの慣れか、
なんだか知らないけれど、バッと動けるようになってきた。
今学期は課題が多い!大変!
しかも考えることがいっぱい!
つい先日までやっていた課題のアイデアを
更に発展させなくてはいけないのだが、
そんな短期間でもっと良いアイデアなど浮かばず。。
なにかインプットが必要だと思っていたところ、
何故か突然、本当になんの前触れもなく
ミレーの描いたオフィーリアを観たくなって
というか最早、オフィーリアに呼ばれている気すらして。
翌日行ってきた、テートブリテン。
たまたまインスタに出てきたとか
オフィーリアについての文章を読んだとか
そういうことは一切なかったのだが
とにかく導かれるようにオフィーリアを目指した。
オフィーリアを観に行ったとはいえ
折角テートに来たし、と思って
ゆっくり色々な絵画を鑑賞していた。
そして肝心のオフィーリアは、
なぜ私を呼んでいたのか分からないくらい
淡々と川に浮かんでいて、
私もまた、
なぜ導かれたのか分からないくらい
淡々とその服の沈み具合を観察した。
そのまま部屋の番号に沿って歩いていくと
ターナーの部屋がいくつか続く。ターナーコーナー。
テートにはたくさんのターナー作品がある。
ターナーの絵は色々なところで観るけれど
なんだかよく分からないようで、なんだか分かるわけで、
なんだか結局いつも少し惹かれてしまう。
ターナーコーナーの中に
7枚のターナーの風景画と
ロスコの絵が1枚飾られた小さな部屋があった。
窓はあるが 緑っぽい色の網戸みたいなものでカバーされていて
外光はまったく入らない。
グレーの壁と天井に ぼんやりとしたターナーたち
…とにっかくどんよりとした部屋だった。
そして それは 妙に落ち着く部屋だった。
その部屋にかなり長い時間いた気がする。
空気がちょっとだけ重めで
なんというか、つまり、全体的に視界が悪い。ぼやける。
ぼやけた部屋の真ん中にぽんと座って
全方位 ターナーに囲まれてみた。
私がターナーの絵にふと惹かれるのは
レーシック手術はしたくないと思う理由と似ている気がした。
視力の悪い私が裸眼で見る街の灯りは ぼやけていて、
輪郭を捉えることはできないけれど
息を呑むほど美しいことがあって
私はこの景色と引き換えに、視力を諦めている、なんて思う。
そして見なくて良いものまで見なくて済むのは結構都合が良い。
見たくなかったものまみれのこの世の中で
視力が悪いのは好都合な時があると思う。
生きるのに不便が生じるので、
コンタクトを着用して生活しているけれど
たぶん私が理想とする視界は
ターナーの描くような世界なのだと
とにかく視界の悪い部屋で考えていた。
それからターナーの描く夜の空や海の絵を観ると
明るい時間帯の絵よりも 視界がクリアになったように
描かれているものの輪郭がよく見える気がするのも、
好きなところ。
私もそんな風に世界を眺めたいのだ、きっと。
それにしてもターナー作品に囲まれた 一枚のロスコ。
ターナーカラーで描かれた作品で
ターナーのそばに飾って欲しいとテートに寄贈したらしい。
その部屋に飾られたターナー作品のカラーパレットみたいで
飾る場所のセンスが良すぎて天晴れだった。
オフィーリアに導かれて行ったテートだったけれど
結局ターナーと私の理想を共鳴させていた。
建物を出ると、信じられないくらいの曇り空で
ロンドン最高すぎるじゃん、と大きく息を吸った。
やること沢山の毎日だけど
やっぱり日々、色々なものを観に行かないとなと思いながら
寒くて曇った空の下、40分ほどお散歩して
スコーンを買って帰路についた。
ビタミンDと芸術たちをしっかり摂取して
今学期も頑張るぞ。寒さに負けないぞ。
あでう