テートでターナーの絵を見てから
もともと好きだった雲が更に気になるようになり、
最近はなんだか取り憑かれているかのように
毎日雲のことを意識してしまう。
ロンドンの空にはほとんど毎日雲が浮かんでいるから
日によって形も色も変わる雲を眺めるのが楽しい。
ちょっとずつ天候も良くなってきていて
きっとまだ先ではあると思うけど
着実に春が近づいている気がする。
もともと春は好きではないのだけど
ロンドンの春を私は一体どう感じるだろう。
ロンドンにいる人たちはみんな
ちょっと晴れた日があるとすぐに
Instagramのストーリーズに空の写真を載せちゃうの可愛い。
愛おしいね、ロンドンの人々。
さて、初めてRoyal Opera Houseでバレエを観た。
Giselle.
舞台美術も照明も、もちろん踊り手もとても美しくて
あの神秘的な世界観にがっつりと没入させてくれて
後半はジゼルに完全に感情移入していた。
言葉のないストーリー展開は
理解までの間にたくさんの余白が残されていて
色々な解釈をすることができるから楽しい。
人生を懸けて芸術や表現と向き合う人たちへの尊い気持ちが
最近ほんとうに益々止まらない。
芸術や作品が好きなのは、
そこに向き合って拘り続けた人間たちの
時間と気力と体力と思考が詰まっているから。
そんな誰かの強いパワーを消費するのではなく、
尊いものとしてありがたく全身全霊で吸い込みたい。
自然も良いのだけれど、
どちらかというと芸術や遺跡 人間が作り上げたものに惹かれ
だから人間を好きでいられるのは、
こういうことなのだなあ、とあらためて。
コンプレックスや不安や恐怖はいつの時代も人を凶暴にする。
誰かを攻撃するパワーにもなるし
自分を守るべく相手を傷つける理由にもなってしまう。
隣国を攻めたり、遠い国を批判したりとか
そういうことじゃなくて、
全部全部、芸術に、表現に、作品に変えてしまえればいいのに。
なんて思ってしまうのは、
移民の街ロンドンに暮らしてみてもなお、
あまりにも平和ボケジャパニーズ小娘でしょうか。(小娘…?)
友達が生まれた祖国や友達が暮らしている国が
戦争をしているという事実は、かなり苦しいことだった。
ここ何年かはそんな状況が続いていて
ロシア人もウクライナ人もイスラエル人も
みーんな楽しくおしゃべりして、時に可愛い喧嘩もしながら、
仲良くしていた15年前の高校生活の穏やかな時間を思い出しては
本当に本当にしんどくなる。
数年前にはドバイでラマダンのごはんを堪能していたのに
なにか攻撃があったのだろうか、とか想像するだけで
とにかくとにかく悲しくなる。
私にとって、ヨーロッパも中東も南米も
もうとっくに"遠い知らない場所"ではなくなっていて
どうしても他人事で済まされないくらいには
ニュースを見るたびに毎回 律儀に傷ついてしまう。
ビタミンDではどうにもできない溜め息が出てしまう。
スポーツでひとつになりましょう、
音楽や美術は国境や言語を超えます、
ユニバーサルいぇい☆ みたいなことを
人々は散々謳ってきたけれど
21世紀の1/4が過ぎても まだ世界は分断し続けている。
ロンドンに浮かぶ雲を辿っていけば
どこへだって繋がっているのに
世界平和を祈ることがまるで綺麗事のように扱われさえする
この平和でない世界に それでも存える美しい側面を
一体どうやったら伝えられるのだろうか。
私を追い回す課題の中で
一日中、音楽の届け方について考えていたら思考が脱線して、
雲の向こうの向こうの向こうの国に想いを馳せて
なんかこれ書き始めていた…
今日もロンドンは もんやりとした雲に覆われている。
あでう