
なぜ私の魂が過去世何度も作家になったのか。
伝えたいことがある。
1人ではなく、大勢の人間に。
決して死は恐れるものではなく、不安に思うことは何ひとつない。
空を見上げれば無数の星たちが見守っている。
この世にひとりぼっちの者など誰もいない。
心が禊がれてゆけば、いつか必ず分かるときがくる。
死を持ってして再生するということを。
この意味は必ずしも肉体の終わりを指しているものではない。
大きな闇の出口には光がある。
それを見つけたら、本当の自分を取り戻すことができる。
何度も心を打ちのめされても、立ち上がることを諦めさえしなければ、いつか必ず己自身が光を発する者になれるであろう。
2026年5/15 15時 自動書記(リーディング)
★注意★これは私の勝手な解釈なので、本気で受け止めないでください。
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術の中に渦がある。
カタカムナにも渦がある。
天から授かった渦。
アメノウズメ。
菊理媛は歌が好き。
瀬織津姫様は巫女でシャーマン。
アメノウズメは巫女。
豊玉姫は瀬織津姫様。
豊受大神はアメノウズメ=瀬織津姫様。
菊理媛と瀬織津姫様とアメノウズメは同一神だと感じる。
千葉県の松戸神社の中にある、スサノオノミコトが祀られている場所で、ちょいと神様に訊ねてみた。
「スサノオノミコト様は、ニギハヤヒ様ですか?」と。
すると、それまで全く鳴っていなかった風鈴が、一度だけチリンとハッキリと鳴ったのだ。
それが神様からの答えだと思ったのだが、確信を得たくてもう一度同じ質問を投げてみたけれど、何も起こらなかった。
風の時代の神様はシナツヒコノカミとシナトベノカミ。
シナツ ヒコ=スサノオ=ニギハヤヒ
シナトベ=瀬織津姫様
2024年のいつだったかは思い出せないのだが、朝目覚める直前に「ニギハヤヒ」という名前が深緑色の紙に白い明朝体で出てきた。
その頃はまだ、神様のことをあまり知らず、よくわかっていなかったのだが、そこから色々と調べ、最近頭が混乱しているので、一旦整理してみる。
ニギハヤヒ=イザナギノミコト
ニギハヤヒ=タケミナカタ
ニギハヤヒ=恵比寿さま
ニギハヤヒ=事代主神
ニギハヤヒ=大物主
ニギハヤヒ=大山咋神
ニギハヤヒ=大綿津見神
玉依姫=瀬織津姫
品川神社に祀られている白龍神社は宗像三女神のタギツヒメ。タギツヒメの左横に大国主さまが祀られている。
宗像三女神は市杵島姫、タギツヒメ、タギリヒメ。
市杵島姫は瀬織津姫様
タギツヒメは瀬織津姫様
タギリヒメは菊理姫…なのか?
いずれも同一神と言われている。
実は宗像三女神は存在しないのではないのだろうか?瀬織津姫様を隠すためのカモフラージュなのだろうか?
品川神社のタギツヒメの横にいるのは大国主さま。大国主さま=ニギハヤヒということなのか?
品川神社の近くにある、荏原神社の御祭神はタカオカミノカミ。
タカオカミノカミ=瀬織津姫様
荏原神社の鳥居の横に恵比寿さまがいる。
恵比寿さま=ニギハヤヒ
諏訪大社は諏訪湖を挟んで、上社・下社に分かれている。まるで天の川のように織姫と彦星で分かれている。
スサノオ=ニギハヤヒか?
2024年の8月8日に私の人生が大きく動き始め、9月から突如として三峯神社から始まった、神社巡りの旅。
それからほぼ毎週末、各地の神社に祈りの旅に行っている。
半年の間に3回、三峯神社に行ったった。
神様とのつながりがある方々のYouTube動画から、自分の中での謎解きが少し進んだので、ここに記しておく。
瀬織津姫様が祀られている神社に呼ばれたときに、御神水に触れたり、購入しないで帰ると、「もう一度行かなくちゃ!呼ばれてる!!」
という気持ちになる。
多分、御神水で自信を浄化をしなさいと言われているのだろうと、勝手に解釈しているがどうだろうか。
🟩卑弥呼は瀬織津姫様なのか?
👉️卑弥呼とは、日の神子のことであり、すなわち天照大御神様のこと。
そして天照大御神様は瀬織津姫様のことである。
邪馬台国は大分県の国東半島にあったということ。
諏訪大社の建御名方命(タケミナカタノミコト)はニギハヤヒで、八坂刀売神(やさかとめのかみ)は瀬織津姫様。
イザナギノミコトはニギハヤヒで、イザナミノミコトが瀬織津姫様。
私が一番好きな伊勢の伊雑宮に祀られているのは、瀬織津姫様。
名前を封印されてしまい、御祭神の名前は違うけれど、私が呼ばれてると感じる神社には瀬織津姫様が祀られていることが多いことに気づいた。
過去世で瀬織津姫様につかえていたことがあるのだろうか。
三峯神社から神社巡りの旅が始まったのは、瀬織津姫様に呼ばれたからなのだろうか。
マグニチュード8.8.
千葉県の私が住んでいるところ震度5。
千葉県北西部、成田市や香取市は震度6弱。
メール、新着メールの問い合わせしないと、受信できない。
電話もつながらない。
地震怖い…。
明治と大正初期生まれの利用者さんは、我慢強い人が多かった。
喘息でヒューヒュー言いながら肩呼吸をしていても、「全然、苦しくないよ~。」とニッコリ笑ったり、高熱を出していても、「大丈夫よ。」と言って、決して弱音を吐いたりしなかった。
苦しかったら我慢しないで言ってね、と言っても「うん。」と笑って頷くだけで、自分からは何も訴えたりはしない。
その姿を見て、根性無しで直ぐに弱音を吐いてしまう自分自身を情けなく思い、日々反省をしていた。
そんな人達がいる一方で、ワガママ言い放題のばあちゃんもいた。
ヤキモチ妬きで、自分を一番に構ってもらえないと、気が狂ったかのようにナースコールを押し続け、終いには泣く。
他の職員は、そういう人をよく気に掛けていたが、何も言わない大人しい人の事は、少しおろそかにしていたようにも思える。
こんな言い方は良くないのかもしれないけれど、泣いたり、怒ったり、不満を人にぶつけられる人は少し位放っておいたって構わないと思う。発散出来ていれば、少しはストレスも解消されているのだから。
もっと注意をすべき所は、何も不満を口にしない人の心の中なのに、そこを無視されている感じがして私は非常に悲しく感じていた。
ある日、「この間インフルエンザの予防接種をしたから。」と言って、入浴を拒否した入所者さんがいた。
その人は誰とも話もせず、自分の内にこもってしまう人で、自分の髪の毛をよく抜いてしまう癖のある人だった。
誰がなんと言っても入浴をしようとはせず、二週間以上はその状態が続いていた。
どうしたら良いのだろうか、と無い頭でずっと考えていたが、私には結局どうすることも出来なかった。
そんな時に救世主が現れた。私が第二の母と慕っていた人が、その人をお風呂場まで連れて来てくれたのだ。私は嬉しくて泣きそうになった。
やっぱり、利用者さんはちゃんと分かっているのだ。自分の事をちゃんと見ていてくれる人かどうか。
お風呂に入らないと言って、小さな抵抗をして、やっと入浴してくれて…他の人には大した事はないように思える事なのかもしれないが、私の中では物凄く大きな出来事だった。
「あぁ、良かった。」のたった一言で終わらせられない。
第二の母に、「やっぱり、○○さんはスゴイよ!」と言ったら、「大したことないわよ。」と言われた。
さらりとこなして見せてくれる、母はやっぱりスゴイのだ。仕事中に嬉しくて泣きそうになったのは、後にも先にもあれが最初で最後だった。

