おれドロンジョ? | 元祖!ジェイク鈴木回想録

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私の記憶や記録とともに〝あの頃〟にレイドバックしてみませんか?

 
 

 どうも、おれ達、男3人衆は国際的に指名手配されているらしひ。何をやったのか、まったく身に憶えがなひのだが。

 だと云ふのに、潜伏している薄暗い日本家屋は、ガキの時分、実家の南側に在った空き家だ。おれ達は、その畳が上げられて土埃まみれの板敷きに座って、ホトボリが醒めるのをじっと待っている・・、やふだ。

 おれの右側で正座している背が高い男は某K(株)の同僚で、数年前には一緒にバンドを演ったこともある某Y君だ。彼は背丈のみならず座高も極めて高いため、おれは、その朴訥としたフンガー・フェイス(何だ?それ。笑)に見下ろされているようなシチュエーションだ。

「おひ。」
「何ですか?」
「こんな処でいひのかよ・・? 眼の前は、おれの実家なんだぞ?」
「だから、いひんじゃないですか。ご実家は当然、立ち寄り先としてチェックされているでしょうが、まさか、その正面の空き家に隠れているとは、当局は思い付かないでしょう。」

 そんなものなのか? 何しろ、国際的指名手配なんぞ、受けた経験がないので。

 その某Y君は、先程から何か丹念にカッター・ナイフを使っている・・。

「何やってんの?」
「これですか? クレジット・カードを借りてきたんですけど、貸してくれた人に迷惑がかからなひやうに、番号を削っているんです。」
「は?」
「ほら、観て下さい。この7・・。ここと・・、ここを削れば、ほら・・、1に観へませんか?」

 観へねーよっ!
大体、浮き彫りにされたカード番号を、カーボン紙か何かで複写していたのは遥か昔の、それこそクレジット・カードなんちゅうもんが、この世に出廻り始めた時代のシステムで、今や普通に、ICチップが埋め込まれているだろうが!

 だが、待てよ? ひょっとして、そんな前時代に来ちまってる・・? 記し忘れたが、これはすべて、幽体離脱中の出来事なのだ。

「出来ました!カードの偽造・・。これで逃亡用の服を買って来ませう!」
「喰いもんも、頼むぜ?」
「解りました。では、行って来ます。」

 男3人衆のもう1人は、先程から部屋の片隅で仰向けになっていて、そのばかデカい腹を膨らませたり、やや凹ませたりしながら惰眠を貪っている。暗闇の中で微かに確認出来るそのデブッチョ・フェイスは、彼もまた某K(株)で、最近、班長になったばかりの某I君のやうだ。

 程なく、食料と衣料の調達に出掛けた某Y君が戻ってくる。
偽造カードで購入してきたと云ふ、その貧乏臭い¥100均一のおにぎりやパンの数々は、それもまた某K(株)の御用組合として名高い、某K労組の月例の会合で配られる粗食のやうだ。無論、その状況でゼイタクなんぞ云ってられるはずもなく、また¥100均一とは云え、掻き揚げおにぎりは結構、好物だったりもする。

「鈴木さんは、これを着て下さひ。」
「ん?」

 おれが掻き揚げおにぎりを頬張り、そんな中でも至福の時を感じている傍らで、某Y君は正座したままの姿勢で、購入してきた衣装の整理に余念がなひ。

「あ?」

 その、ほとんど真っ黒で、ヘルメットには赤や白が含まれ、額の部分には赤い頭文字(※〝イニシャル〟と読む)〝D〟が入る、如何にもタツノコっぽい突飛なデザインのその衣装は、タイムボカン・シリーズの中でも名作中の名作、『ヤッターマン』に登場するドロンジョ様が着ている衣装ではないか! 否、こうして観ると、ドロンジョ様が着ている衣装と云ふよりも、中身が入ってないドロンジョ様と云ふか、ドロンジョ様の脱け殻とでも云ったほうが相応しいか。
 だが、

「バカ! ンな目立つもん着て逃げられるかよっ!? 大体なあ、おれは男だぞ!?」
「だから、いひんじゃないですか。」
「何が!?」
「いひですか? 我々は男3人組として指名手配されているんですよ? でも、鈴木さんが女になってくれれば、男2人と女1人。」
「・・・・。」

 一理あるかも知れないが、でも、あんな服を着るのはヤだ。

「時間がなひんです。急ひで着替えて下さひ。」

 仕方がなひ。古びた空き家ん中で男3人だけなんだから、威勢良く裸になって、そそくさと着替へる・・。生涯のうちにドロンジョ様にお目通りすることがあったとしても、まさか自分自身がドロンジョ様になるとはな! 思ってもみなかった!全然!

「これ、手袋です。あと、ブーツは、探すのが大変でした。鈴木さん、足、何cmですか?」
「25.5か、26.0。」
「じゃあ、丁度よかった!」

 26.0cmって、ドロンジョ様じゃなくて、実写版でドロンジョ様を演じた、深キョンの足のサイズじゃなかったか? どうだっていひが、それもまたまた某K(株)に出入りしている、某D生保(株)のまるでモデルさんのやうにでかい生保レディーがまた26.0cmで、クツを脱いで上がるフロアの三和土に置かれていたハイヒールにこっそり、足を入れてみたことがあるが、楽勝だった。
 
「口紅も買ってきましたので、ちゃんと塗って下さいね?」
「口紅!?」

 ヴィジュアル系のバンドには縁もゆかりもないが、'80年代の初頭から半ば頃にかけて、清志郎辺りに感化されて、若干の化粧くらいは経験したことがある。だが、その某Y君に、何から何まで示唆されているのは些か癪 由美子故・・。

「塗ればいひんだろ!?塗れば!」
「はひ。」

 おれはその深紅の口紅を、ディズニー映画の『アリス・イン・ワンダーランド』に出てくる赤の女王のやうに、ハート型に塗ってみた。無論、ドロンジョ様はそんなことはしていなひので、一種のレジスタンスのつもりである。

「塗ったぞ?どうだ?」(笑)
「カワイイじゃないですか。」
「・・・・・・・・・・。」

 ご経験者なら、ご存知であらう。
そもそも幽体離脱といふのは、魂は国際的指名手配を受けて、自らの唇に深紅の口紅でハート型を描いていたとしても、その肉体は布団の中に唯々横たわっているだけなのだが、その肉体のほうが「おえーっ!」と凄まじい拒否反応を起こした。つまり、凄まじい衝動に一瞬、魂が肉体に戻ったのだな。

 ところが、ここの処、眠りに就いても何故か、45分後には眼が醒めてしまうなんちゅう、凄まじい不眠に苛まされ、慢性的な睡眠不足に陥っていたため、無理矢理にでも、また寝る。そして無理矢理にでも、肉体から魂を叩き出すと、そこは観たことがある街の景色・・。

「フィラデルフィア、か?」
「その様ですね。」
「これ、ロッキーが駆け上がった石段じゃね?」
「その様ですね。」

 その頂上・・。ロッキーが街の皆んなと一緒に小躍りしていた場所で〝男3人で!〟街を見下ろしていると、街の皆んなが「わーっ!」と石段を駆け上がってくる。怖ひ! 何たって、ドロンジョ様のやうな、っちゅうよりも、ドロンジョ様そのものの露出度なんだからな!おれは!

「おい・・、犯されるんじゃないか?おれ。」
「まさか。鈴木さん、凄い人気だ。どうやら、この街の人達は皆んな、ロッキーは知っていても、ドロンジョ様は知らなひみたいですね!」

 そりゃさうだろふがっ! だが、国際的指名手配犯が人気者になって一体、どうするんだっ!?ってーの。それと・・、それよりも何よりも・・、

「おい。」
「何ですか?」
「君と某I君は、その鎧みたいなもんを着てるからいひけど、おれはほとんど半裸なんだぞ? ほら!こうして両肩まる出しで!」
「セクシーでいひじゃないですか? 皆んな、うっとりとして鈴木さんを観ています。」
「さうじゃなくて!」

 観れば、小雪がちらついている。
ボヤッキーに扮した某Y君は、元々黒縁の眼鏡をかけているし、緑色を主体とした鎧のやうな衣装・・。常におれの左後辺りに佇みながら、だうやら、セリフは一切なひっぽひ某I君は、青紫色を主体とした、トンズラーの堅牢そうな衣装をやっぱし身に着けている。

「何か、ご不満が?」
「寒みーじゃねーかよっ!?」

 寒ひ!確かに寒ひ!強烈に寒ひ!
幽体離脱経験が豊富なおれは、幽体離脱中であっても、状況を客観的に把握したり、思考を巡らせたりすることも可能な域に既に達している。暑いだの寒いだの、遂に温度まで感じられるやうになったか!と、かなり満足気に意気揚々として肉体に戻ってみると、何て事はなひ・・。唯、その真冬の真夜中に、布団を剥いで寝ていただけだった。
 ふぅ・・。