*ニコラ君の新学期 ー懐かしくも、色褪せぬ思い出ー* | ミスター・ビーンのお気楽ブログ

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懐かしくも、色褪せぬ思い出
プチ・ニコラ

 今晩、夕食にお客が来るんだ。昨日、パパが上機嫌で帰って来て、ママにこう言ったんだよ。通りで偶然、旧友のレオン・ラビエールに出会った。彼とはそれまでもう何年も会っていなかったって。
 「レオンは」ってパパが説明した。「幼なじみでね、一緒に小学校に通ったんだ。僕たちには、懐かしく色褪せぬ共通の思い出が山ほどある!それで、明日の夕食に彼を招待したよ。」
 パパの友だちは8時に来ることになってたけど、7時にはもう準備が出来ていたよ。ママはボクの身体をしっかり洗って、青いスーツを着せた。それからブリリアンティンをたっぷり使ってボクの髪を梳かしたんだ。何故って、そうしないと頭の後ろにある逆毛(さかげ)が大人しくしてないからね。パパはボクにたっぷりアドバイスをした。つまり、ボクはお行儀よくしていなくちゃいけない、食事のときは訊かれない限り口をきいてはいけない、パパの友だちのレオンの話をしっかり聴かなくちゃいけない、何故って、彼のような人物はもう二度と現れないからって言った。パパの話だと、レオンはすごい人で、大成功していて、もう小学校の頃からそうなることはわかっていたんだって。すると玄関のベルが鳴った。

 パパが行ってドアを開けると、真っ赤な顔の太ったおじさんが入って来た。
 「レオン!」ってパパが叫んだ。
 「懐かしいな、君!」ってそのおじさんが叫んで、二人はお互いの肩を何度も何度も叩き始めた。でも二人とも嬉しそうな顔をしていて、パパがブレデュールさんと叩き合いをする時とは様子が違っていたな。ブレデュールさんはお隣のおじさんで、パパをからかうのが大好きなんだ。
 肩を叩き合った後、パパは振り返って、キッチンからニコニコ顔で出て来るママを紹介した。
 「こちらが僕の家内だよ、レオン。ハニー、こちらは友人のレオン・ラビエールだ。」
 ママが片手を差し出すと、ラビエールさんはその手を握って振り始めた。それから「初めまして」って言ったんだ。次にパパはボクに前に出るように合図して、こう言った。
 「こちらがニコラ、僕の息子だよ。」
 ラビエールさんはボクを見ると、すごくびっくりしてるように見えた。目を真ん丸にして、口笛を吹いて、それからこう言ったのさ。
 「しかし大きいな!もう大人じゃないか!君、小学生なのかい?」
 それから片手でボクの髪をなで、その髪をくしゃくしゃにして笑ったんだ。ママにはそのやり方があまり気に入らないのがボクには分かった。特にラビエールさんが自分の手を見て、こう訊いた時にね。
 「奥さん、この子の頭にいったい何を塗っているんです?」
 「この子は僕に似てると思うかい?」って、ママが何か答える前に、大急ぎでパパが訊いたんだ。
 「うん」ってラビエールさんは言った。「君に生き写しだ、ただし髪は君よりたっぷりあるし、腹は君ほど出てないがね。」そう言って、ラビエールさんはひどく大声で笑いだした。
 パパも笑ったけど、それほど大声じゃなかったな。するとママが、アペリティフをいただきましょうって言った。
 ボクたちが客間の椅子に座ると、ママがお酒をついだ。ボクにはアペリティフは無かったけど、ママはオリーブと塩味のクッキーを食べさせてくれたよ。ボクの好物なんだ。パパがグラスを上げてこう言ったんだ。
 「親愛なるレオン、我らが共通の思い出に。」
 「親愛なる友よ。」ってラビエールさんが言って、パパの背中を思い切り叩いたんで、パパは自分のグラスを絨毯に落としちゃった。
 「何でもありませんわ。」ってママが言った。
 「そうですな、すぐ乾きますよ。」ってラビエールさんは言って、自分のグラスを飲み干してパパにこう言ったんだ。
 「君が年寄りの親爺役を演じているのを見るのも妙なものだな。」
 パパの方は、もう一度自分のグラスを一杯にして、叩かれないように少し遠くに離れていたんだけど、ちょっと咽(むせ)てから、こう言ったんだ。
 「年寄り、年寄りだって?大げさなことは言いっこなしだ。僕らは同い年だろう。」
 「とんでもない」ってラビエールさんが言った。「忘れちゃいかんよ。クラスでは君が一番年寄りだっただろう!」


プチ・ニコラ

「お食事にしましょうか?」ってママが訊いた。
 ボクたちがテーブルにつくと、ボクの真ん前に座っているラビエールさんがボクに言った。
 「坊や、君は何も言わないのかい? 君の声を聞いてないよ!」
 「おじさんが質問してくれないと、ボクは話せないんです。」ってボクは答えた。
 するとラビエールさんは大笑いして真っ赤になったんだけど、前よりずっと赤くなったんだよ。そしてまたドンドンと叩いたんだけど、今度はテーブルを叩いたんだ。おかげでグラスがカチャカチャいってた。笑い終わると、ラビエールさんはパパに、随分お行儀のいい子だねって言ったんだけど、パパはそれが当り前さって答えた。
 「しかしねえ、僕の記憶が正確なら、君は手に負えないガキだったがなあ。」
 「パンを取り給え。」ってパパは答えた。
 ママがオードブルを運んで来て、食事が始まった。
 「それで、ニコラ君」ってラビエールさんが訊いた。それから口の中の食べ物を呑み込むと、こう続けたんだ。「君は学校では優等生かい?」
 質問されたので、ボクは答えることが出来た。だから「まあね。」ってラビエールさんに言ったんだ。
 「何故って、君のパパはえらく変わった奴だったからなあ! なあ君、憶えているか?」
 そしてパパは間一髪、叩かれるのを上手くかわしたんだ。パパはあまり楽しそうじゃなかったけど、ラビエールさんはそんなことお構いなしに笑っていた。
 「君がエルネストのポケットにインクビンの中身をぶちまけたときのことを憶えているかい?」
 パパは、ラビエールさんとボクを見つめてこう言った。
 「インクビン?エルネスト?… いや、何のことだか。」
 「いや、憶えているさ!」ってラビエールさんが大声で言った。「なにしろ君は4日間停学を喰らったんだからな!黒板の落書き事件のときもそうだったな、憶えているかい?…」
 「ハムをもう一切れいかが?」ってママが言った。
 「何なの、黒板の落書き事件て?」ってボクはパパに訊いた。
 するとパパは叫び出して、テーブルを叩いてこう言ったんだ。夕食の間はお利口にして、いっさい質問はするなと言ってあるだろうって。
 「黒板事件ていうのはね、君のパパが担任の女先生の漫画を描いたときのことなんだよ。君のパパが漫画を描き終わりかけたとき、ちょうど先生が教室に入って来たんだ!それで先生はパパに0点を三つつけたのさ!」
 ボクはすごく可笑しかったけど、パパの顔を見てすぐには笑わないほうがいいって分かったんだ。後で自分の部屋で一人きりになったときに笑おうと思って我慢したってわけ。でも、それって容易じゃないんだよね。




ママがローストした肉を運んで来て、パパが切り分け始めた。
 「8×7はいくつだい?」ってラビエールさんがボクに訊いた。
 「56です。」ってボクは答えた(今朝、学校で教わってたんだ、ラッキー!)。
 「ブラボー!」ってラビエールさんが叫んだ。「いや驚いたね、何故って君の父さんは、算数ときたら…」 
パパも叫び声を上げた。でもそれはローストした肉の代わりに指を切っちゃったからなんだ。パパが指をしゃぶると、ラビエールさんの方は-本当に陽気なおじさんなんだ-大笑いをしながらパパにこう言ってた。君は相変わらずぶきっちょだなあ、小学校の頃のサッカーボールと教室の窓の件もそうだったがって。ボクはサッカーボールと窓の件て何?って訊く勇気はなかったけど、きっとパパは教室の窓を割っちゃったにちがいないと思うんだ。
ママは大急ぎでデザートを運んで来た。ラビエールさんのお皿にはまだロースト肉が残ってたんだけど、バンって感じでタルトが到着したってわけ。
「申し訳ありませんが」ってママが言った。「坊やは早く寝なくちゃいけませんの。」
「その通り」ってパパが言った。「ニコラ、急いでデザートを食べて寝なさい。明日は学校だからな。」
「窓をパパが割っちゃったの?」ってボクは訊いた。
でも、これは拙かったな。だってパパは怒って真っ赤になって、もしデザートのタルトを取り上げられたくなければ、さっさと食べてしまえってボクに言ったんだ。
「もちろん窓をわっちゃったのさ!おまけに操行点でゼロをつけられたってわけだ。」ってラビエールさんは言った。
「さあ、寝るんだ!」ってパパは叫んだ。パパはテーブルから立ち上がると、ボクの腋の下に両手を入れて、「それっ」って言いながらボクを空中に放り上げた。
ボクはそのときまだタルトを食べてるところだった。サクランボの入ったお気に入りのタルトだよ。もちろん、こんなおふざけを始めればタルトは落っこっちゃう。おまけに落ちたのはパパの上着の上だった。でもパパは早くボクを寝かそうとすごく急いでいたんで何も言わなかったよ。
その後、寝室に上がって行くママとパパの話が聞こえたんだ。
「ああ!」ってママが言っていた。「懐かしくて色褪せない共通の思い出ってずいぶんあるのね!」
「もうたくさんだ」ってパパが、不機嫌そうな声で言った。「あのレオンの奴とは二度と会いたくないね!」
うーん、ボクとしてはもう会えなくなるのは残念だな。
ラビエールさんは、どちらかと言えば素敵な人だってボクは思ってたんだ。
今日学校から0点を一個持ち帰ったのに、パパは何も言わなかったんだからなおさらさ。


プチ・ニコラ

(ミスター・ビーン訳)

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