*異邦人 翻訳*(第一部 第四章) | ミスター・ビーンのお気楽ブログ

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アルベール・カミュ
$ミスター・ビーンのお気楽ブログ-一部 第1章①


51分23秒から1時間01分22秒まで



「異邦人」(1942)

第1部

第4章


僕は丸一週間よく働いた。レモンがやって来て手紙を送ったと言った。エマニュエルと二回映画に行ったが、奴はスクリーンで繰り広げられる話がいつも分かるわけではない。分からないときは説明してやらなくちゃいけない。昨日は土曜日でマリーが来た。前からそう決めていたのだ。無性に彼女が欲しくなる。綺麗な赤と白のストライプのワンピースを着ていて、革のサンダルを履いていたからだ。服の上からも固く締まったバストがわかり、日焼けのせいで顔が華やいでいる。僕たちはバスに乗り、アルジェから数キロ離れた浜辺に行った。岩の間にある狭い浜辺で、陸地は葦で縁取られている。午後4時の日差しはあまり暑くはないが、水は生温かく、細長く小さな波が緩慢に打ち寄せていた。マリーがゲームを教えてくれた。泳ぎながら波頭の所で水を飲む、口の中で泡を集めて仰向けになる、そして空に向かって噴射するのだ。すると泡のレースになり、それが空中に消えたり、生温かい雨になって顔に降って来る。しかし、しばらくすると僕は口が塩辛さで燃えるようになった。するとマリーが僕の所にやって来て水中でピッタリ身体を押し付ける。彼女は口を僕の口に付け、舌で僕の唇を冷やし、僕らはしばらくの間、波の中でぐるぐる体を回転させた。

浜辺で着替えが済むと、マリーはキラキラした目で僕を見つめていた。僕は彼女にキスをする。それからは二人共もう無言だ。僕はしっかりマリーを抱き寄せる。それから急いで帰りのバスを見つけ、僕の部屋に行ってベッドに飛び込んだ。窓を開けておいたので、心地よい夏の夜風が焼けた体の上を吹き抜けて行った。

その朝、マリーは帰らなかった。そこで僕は彼女に、一緒に昼食を食べようと言った。下に降りて肉を買う。帰りに階段を上る途中、レモンの部屋から女の声が聞こえる。その少し後、サラマノ爺さんが犬を叱りつけ、階段のステップを踏む靴底と爪の音が部屋にいる僕たちに聞こえた。それから「馬鹿野郎、この悪党めが」という声で、犬と飼い主は通りに出て行った。爺さんの話を聞かせてやると、マリーは笑った。僕のパジャマを着て、袖をまくりあげている。マリーの笑い声を聞くと、僕はまた欲しくなった。しばらくして、マリーは「私を愛してる?」と訊いた。そんなことはどうでもいいが、愛してはいないようだと僕は答えた。彼女は悲しそうな顔をしている。でも昼食の用意をしながらつまらないことにまた屈託なく笑うので僕はマリーにキスをした。そのとき、ひどく言い争う声がレモンの部屋から聞こえてきた。


第一部 第4章①

最初甲高い女の声が聞こえ、次にレモンの声が聞こえた。「お前は俺をコケにしたんだ、この俺を。俺をコケにすればどうなるか、これから教えてやるぜ。」鈍い音がして、女が悲鳴を上げる。それが余りにも凄まじいのでたちまち踊り場に人が溢れた。マリーと僕も表に出る。相変わらず女の叫び声とレモンが女を殴る音が聞こえた。「ひどいわ」とマリーが言ったが、僕は何も答えなかった。警官を連れてきてとマリーが言う。お巡りは好きじゃないと僕は答えた。しかし、配管工をしている3階の住人と一緒に警官が一人やって来た。ドアを叩いたがもう中からは何も聞こえない。さらに強く叩くと、しばらくして女の泣き声がしてレモンがドアを開けた。咥えタバコで、優しそうな様子がわざとらしい。女がドアに駆け寄り、声高に警官に向かって自分は殴られたと言った。「名前は?」と警官が訊き、レモンが答える。「咥えタバコで話すんじゃない!」と警官が言う。レモンはためらって僕の方を眺め、タバコを引っ張る。そのとき警官がレモンの頬に力任せにものすごいビンタを食らわせた。タバコは数メートル先に吹っ飛ぶ。レモンは顔色を変えたが、咄嗟(とっさ)には何も言わず、それから遜(へりくだ)った声で吸殻を拾ってもいいかと尋ねた。「宜しい」と声高に言って、警官は更に続けた。「次からは、警官はでくの坊じゃないってことをよく覚えておけ。」その間、女は泣き続け、「私を殴ったのよ。あいつはヒモよ。」と繰り返していた。「お巡りさん」、そのときレモンが尋ねた。「一人前の男をヒモ呼ばわりするのは法にかなっているんですかね?」しかし警官は彼に「黙れ!」と言う。するとレモンは女の方に向き直り、こう言った。「待ってろよ、このあま、今に見ていろ。」警官はレモンに「黙れ」と言い、女は出て行くこと、レモンは署から呼び出しがあるまで自室で待機するようにと告げた。さらにレモンに向かって、「そんな風に体が震えるまで酔っ払いやがって、恥を知れ!」と言った。するとレモンは、「酔っぱらってなんかいませんよ、お巡りさん。ただ、お巡りさんを前にすると体が震える。当たり前のことです。」と説明した。レモンはドアを閉め、皆も引き上げる。マリーと僕は昼食の支度を終えた。マリーは腹が減っていなかったので、僕が殆ど平らげる。彼女は一時に帰り、僕は少し眠った。

3時ごろノックの音がして、レモンが入って来る。僕は寝たままだ。彼はベッドの端に腰を下ろし、しばらく無言だった。そこで例の件はどうなったのかと訊いてみる。彼の話では、自分は思い通りにやってのけたが女が自分にビンタをした。だから女を殴ってやった。その後は、見ての通りだ。僕は、これで女も罰を受けたし、このへんで満足すべきだろうと言ってやる。その点は彼も同意見だった。そして警官が何をしたところで、女が受けた打撃は変えられないと言った。さらに、自分は警官というものをよく知っている。警官相手にどう振る舞えばいいか分かっていると付け加えた。それから僕に、自分が警官のビンタを食らったとき当然やり返すと思っていたかと訊いてきた。別に何も思っていなかったし、自分は警官が嫌いだと僕は答えた。レモンはすっかり満足した様子で、一緒に外へ行かないかと僕を誘う。僕は立ち上がり、櫛で髪を梳かし始める。レモンはぜひ自分の証人になってくれと僕に言った。証人になるのは構わないが、何と言ったらよいか分からないと言うと、女が自分をコケにしたとはっきり言ってくれれば十分だと言う。そこで僕は証人になることを引き受けた。


第一部 第4章②

僕たちは外に出た。レモンが極上の蒸留酒を一杯奢ってくれる。それからビリヤードをワン・ゲームやりたいと言いだし、僕は惜しい所で負けてしまった。その後、彼は売春宿に行きたがったが僕は断った。そういう所は苦手だからだ。そこで僕たちはそのまま大人しく帰る。途中、レモンは愛人を首尾よく懲らしめてやったので大満足だと言っていた。彼はずいぶん親切にしてくれ、楽しいひと時だった。

遠くから、玄関の所にいるサラマノ爺さんの姿を見かけた。何か動揺している様子だ。近づいてみると、犬を連れていない。周りを見廻し、身体を一回転させ、暗い廊下に目を凝らし、取り留めもないことを呟(つぶや)いている。それからまたその小さな血走った目で通りを隈なく探し始めるのだ。レイモンがどうしたのかと訊いても、爺さんはすぐには答えない。僕には「馬鹿野郎、悪党めが」と呟く声が微かに聞こえた。爺さんは相変わらず動揺している。僕は彼に犬は何処だと訊いた。すると、出し抜けに、いなくなっちまったと答える。それから、突然堰が切れたように爺さんは喋りだした。「わしはあいつを『練兵場』に連れてったんです、いつものように。露店の周りは人だかりだ。わしは立ち止まって『縄抜けの名人』を見ました。帰ろうと思ったら、もうあいつの姿はない。もちろん、昔はもっと小さな首輪を買ってやろうと思っていた。でも、あん畜生がこんな風に姿をくらますなんて思ってもみなかったですよ。」レモンは爺さんに、犬は迷子になったのかもしれない、戻って来るさ、と言った。何十キロも歩いて飼い主の所に戻って来た犬の話などを例に挙げている。ところが、爺さんの方は前より動揺している様子だ。「でも、連中はわしからあの犬を取り上げてしまいますよ、おわかりでしょう。せめて誰かに拾われればいいんですが。でもダメですね、あの瘡蓋(かさぶた)を見たら誰だって嫌気がさす。きっと野犬収容所の連中が奴を捕まえちまいます。」そこで僕は、野犬収容所に行って手数料を払い、犬を返してもらうように爺さんに言った。手数料は高いかと爺さんに訊かれたが、僕には分からない。すると爺さんは怒り出し、「あの悪党のために金を払うだって!それなら、とっととくたばるがいい!」それから爺さんは犬を罵り始めた。レモンは笑って、ハウスの中に入る。僕も彼の後に続き、同じ階の踊り場で彼と別れた。少しして、爺さんの足音が聞こえ、ノックの音がする。ドアを開けると爺さんが戸口に立っていて、「失礼します、失礼します」と繰り返した。中に入るように誘ったのだが、入ろうとしない。靴の先をじっと見つめ、瘡蓋のできた両手が震えている。こちらを向かずに爺さんは僕に訊いた。「連中はわしから奴を取り上げたりしませんよ、ねえ、ムルソーさん。わしに返してくれますよ。さもなきゃ、わしはどうなるんでしょう?」野犬収容所は3日間犬を預かって飼い主に処分を任せる、その後は犬を都合のいいようにすると僕は爺さんに言った。彼は黙って僕を見つめ、「お邪魔しました。」と言い、帰って行った。爺さんの部屋のドアが閉まり、部屋を歩き回る音がする。ベッドが軋(きし)む。それから仕切りの壁越しに微かに奇妙な物音がして、爺さんが泣いているのが分かった。どういうわけか僕はそのとき母さんのことを考えた。でも、明日は早起きをしなくてはいけない。腹も減っていなかったので、僕は夕飯も食べずに床に就いた。


第一部 第4章③

(ミスター・ビーン訳)

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