「左2 20 左2 > →右3…っ!!」
2個目の左2でアンダーステア。コントロールを失ったランサーだったが、ギリギリのところでフロントタイヤのグリップが回復した。何とか左に回頭する。
危ない、あと10センチ滑っていたら確実にコースアウトだ。
それに道幅にも助けられた。
ノートは「左2 > →右3」
「>」は道幅が狭くなっていることを表す。この左2のあと狭くなるということは、裏を返せば左2までは広いということである。この広いところでなんとか踏んばった。
すぐにノートに復帰。家康君も失速したランサーに鞭を入れる。
「家康君、少し(ペースを)落とせ!」
このSS前半の挙動と先ほどのアンダーステアを鑑みるに、タイヤのグリップが限界に近いのは明白だ。このままアタックするならば、再びコントロールアウトのリスクと戦わねばならない。
家康君は返事はしなかったが、私の指示に忠実にほんの少しだけペースを落とした。
このSSをゴール。さすがに失速したので5番手。
次のSS9に向かう途中で、ドライバーに方針を伝える。
「残りも少しのペースダウンで走ってくれ。どう考えてもフロントタイヤがタレてる。今までのようなアタックではコースアウト必至だよ」
「…はい」
確かに今回はSSが40km超と、通常の地区戦ラリーより10kmも長い距離をアタックせねばならない。家康君のドライビングスタイルを考えたら、もうフロントタイヤはボロボロのはずだ。
私はこの瞬間、3位を諦めた。
苦渋の決断である。出来ることなら私も3位が欲しい。しかし、完走できなければ意味はないのだ(このラリーにシリーズチャンピオンが懸かっているというなら話は違うが)。
確かに先ほどのSSでは幸運にも落ちなくてすんだ。だからといって次も幸運だとは思えない。むしろさっきのSSで運を使い果たしたと考えねばならない。
そしてガマンのSS9。
どんな運転をするかと思って見ていたら、フロントタイヤに頼らずに積極的にリヤを使い始めた。さっきまでの激しいドライビングが嘘のように滑らかに運転している。遅くは感じない。スムーズな運転だ。それにこの方が咄嗟の危険に対応しやすいのである。
コイツなかなかヤルかも。
このSS9は、2番手だったSS7と同じコースであるが、タイムはSS7のほんの1秒落ち。悪くないが5番手。他の連中も尻に火が着いているようだ。
そしてついに最終SS10。SS5と同じコースだ。
とりあえずここまで来た。完走は目の前だ。
最後のSSスタート。スムーズさに磨きがかかっている。安心して乗っていられる。
無難に走ってゴール。SS5の1秒落ちだが5番手。
もう完全に4位(下手すれば5位)だろう。
そのまま車をパルクフェルメ(車両保管)に入れる。
「お疲れさん。初完走おめでとう」
家康君に声をかける。無口な彼ははにかんで笑っただけだった。
6.終章
ゴール後、結果発表と表彰式までには少し時間がある。
着替えて(レーシングスーツは暑いのだ)食事をとる。腹ぺこであった。サービス隊が先ほどの味噌汁にうどんを入れて味噌煮込みうどんを作ってくれていた。大変に美味しく頂く。
完走した充実感が心地よい。快感と呼んでもいい。
周囲は家康君が無事に完走したことに驚いている。「躍人君、この運転手を完走させたことは自慢していいと思う」などと言い出す者もいて、悪い気はしないが素直には喜べない。
実はペースダウンを指示した自分の判断が正しかったのかどうか、ちょっと引っ掛かっているのだ。ラスト2本のSSの走りを見れば、家康君はもう少しアタックできたと思うのだ。あそこでフルアタックを続行していれば、もう少し順位が上がったかもしれない。私はいいけれど、家康君は納得できているのだろうか…
暫定結果が貼り出された。
順位はあんまり見たくなかったが、見ないわけにはいかない。
足取り重く掲示場所に向かうと、先に来ていた家康君が出てきた。
彼は指を3本立てた。すこし笑っている。
「嘘だろ」
自分の目で確認したが、間違いなくクラス3位であった。
2位とは30秒差。4位とは2秒差。
4位のクルーは、ウチがペースダウンした終盤でベストタイムを叩き出しながら猛追をかけていたが、前半ステージが遅かったようだ。
なんとか逃げ切った、ということか。

表彰式。記念の盾と銅メダルを貰う。
マイクが回ってきて、ひとことMCがある。
家康君が「ペースノートのおかげで完走して3位になれました。ありがとうございました」と横に立つ私に頭を下げてくれた。
予想外の台詞に涙が出そうになったけど、何事もなかったかのようにマイクを受け取り、たわいもないことを喋った。
<了>