バンドヒストリーはじめから↓
数日後、俺達はその桜木抜きで集まった。
桜木は今すぐ辞めるとは言ってないものの、あんな宣言されたらもう一つになってやれなかった。
俺は他のメンバーに意見を聞いた。
穏やかなアキオと大崎は「みんなに任せるよ」といったが、涼は「もう俺達だけでやろうぜ!あんな奴いいよ!」と何故か一番怒っていた。
「jagの曲をメインにさぁ~、俺もアキオもみんなで歌ってさぁ~。それでやればいいじゃん!!あ、そういえば俺、ボーカル兼キーボードで良い奴知ってるよ!」
翌日、涼はその、ボーカル兼キーボードとやらを早速つれて来た。
それは何と涼の彼女マリだった。
「みんな、よろしくねぇ~!」
マリは音楽を専門で習った経験があるとの事だったが、キーボードを弾かせてみると、桜木があまりに上手すぎたせいか、何かいまいち…。
しかし歌は予想外なことに、驚くほどものすごく上手かった。
俺はまあ、ルックスがどこか地味なのは気になるけれど…、この歌唱レベルならば、ボーカルなら何とかサマになるかもと感じた。
涼は続けてもう一人連れてきた。
「こいつもやりたいと言ってるので、ぜひ入れて欲しいんだけれど…。」
「何ができるの??」
「何も楽器はできない。こいつもボーカルだ!」
おいおい…。
いい加減にしろよと、俺はあきれた。
だがその男、鶴間純は情熱的に、「これを見てくれ」と、俺にノートを手渡した。
めくってみると、そこにはビッシリと詞が書き込まれていた。
俺はその夜、そのノートに書かれた詞をじっくりと眺めてみた。
そしたらそれが、予想外に素晴らしくて、思わず感動した。
美しい繊細な恋心や世の中の疑問。
そういった多くの心の叫びが純粋に記されていて、俺は彼のその詞に立て続けに曲を載せてみた。
アイディアが次から次へと、枯れることなく沸いてきた。
俺達が、別れてやることを宣言する前に、桜木の方から「ビフォアー」は解散し、卒業に向けてそれぞれでやって行こうと言ってきた。
彼はその後誰よりも早く、自分なりに動きはじめたようだった。
卒業に目標を定め、自分の最後の花道グループを結成。
何とそこには、あの「モビー・ディック」の藤代の名前があった。
どこまでもゴキブリのようにしつこい男だ。
他にも、モビーのベースや元コンフェッションのドラムなど…、明らかに俺らへの対抗心丸出しの布陣である。
俺達もそれならばと、卒業に狙いを定め活動を始めた。
本当はずっと苦楽をともにしたビフォアで卒業ライブがしたかったが、こうなった以上仕方がなかった。
だが…。
桜木と別れた途端、バンドは一気に緊張感が無くなってしまった。
それもそのはずで、俺はバンドに張り合う奴がいてこそ燃えるナンバー2タイプ。
一方、涼はリーダー気取りで、仕切りたがり…本人はそれなりに一生懸命なのだが、しかし彼女をバンドに引き込むくらいのなあなあな男。
アキオと大崎は、キャラこそ濃いが、性格は至って穏やかで、そのまったり感は短気な桜木や涼を、時にイライラさせる程だった。
まあそんな感じで、今のこの状況に気合を入れる人材が、ほとんど皆無になったわけだ。
とはいえ、練習やライブ活動は継続してやったし、俺は自分の彼女をバンドに連れて行くようなことも無かった。
あくまでもそのあたりは、一線を引いておきたかったからだが、困ったことに涼は違った。
彼はうるさい桜木がいなくなったこの期とばかり、練習に取り巻きの女のコなどを呼ぶようになり、やがてそのうちの一人を「マネージャーにしよう!」とか言い出した。
涼は、ジャニーズにでも入れそうな、アイドルみたいなきれいな顔をしていて、いつも女の子にずば抜けてモテモテだった。
彼の加入で、それまでオレが独り占めしていた女性ファンを、み~んな持って言ったほどだ!
その「マネージャー」志望の女の子も、言うまでもなく大の涼マニアというか追っかけだった。
いつも彼にベたべたしては、メンバーになっていた涼の彼女、マリをキレさせた。
練習は二人の喧嘩でしょっちゅう中断。
「本当にこのメンツで、今後もバンドを続けて行けるのだろうか?」という状態にたびたびなった。
俺はブルーになった。
「なんかこれじゃ、いい恥さらしだなぁ…、ついこないだは審査員特別賞もらった程のバンドだったのに!」
俺がそうグチを言うと、アキオがこう答えた。
「それはものの考え様だよ。確かに失ったものは多いかもしれないけど、今は俺達自由だし、こういうのが基本みたいなイメージもないじゃない。 俺自身は今のほうがやり易いけどなぁ~。 だからこの際、何でもやっちゃって楽しもうよ。学生最後のライブなんだし…。」
ライブハウスを借り切って決行した、高校生バンドさよなら合同コンサートは、卒業の前日に行われることになり、俺達はこのなあなあグループ「ティアーズ」で望むことになった。
他の出演は桜木グループを筆頭に、いくつものコピーバンド。
桜木グループは「桜木&コンフェクション」と言う名前で「ビフォア」時代の彼のオリジナルを演奏。
彼らはメンツ的にとても実力があるし、オレは一人勝ちでぶちかますものだと思っていた。
だがしかし、いざふたをあけてみると、今一つ振るわなかった。
少し前の俺たちと同じ曲をやっているのに、華が無く、地味というか、全く雰囲気が違う。
バンドにはやはりマジックというものがあるのだ!
かくいう俺達も、桜木一人が去っただけで、まるで違うグループになった。
ティアーズは、メインをマリと鶴間がツインで歌うと言う、バービーボーイズみたいなスタイルで、当時それなりに画期的なはずだったが、・・・いい加減なことに、状況に応じて他のメンバーも一曲ずつくらいで歌うという、なんともナアナアな感じだった。
アキオと大崎が中盤で、ふざけて作ったお笑いソングを披露し、それが会場の爆笑をさそったが、他の真面目な曲たちは、新たな音楽に挑戦という、可能性や手ごたえは感じられたものの…
ビフォアを期待していたみんなは、どう反応していいのか今一つわからず、戸惑っている空気だった。
おまけに、涼があまりに下手クソなくせに歌いたがるので、最後に一曲歌わせてやったが…、彼のファンはともかく、その音痴な歌声が、音楽好きに大きく失笑を買ってしまった。
なんだかいまいち、盛り上がりに欠けた会場から、
「前の方が良かったよ! あいつら変わっちゃったなぁ…。」
「お互いイマイチまとまりが足りなかったよね。」
という声がちらほらと聞こえてきた。
俺はがっかり落ち込み、その夜は生まれて初めて飲んだ。
打ち上げには涼の取り巻きも参加し、そこでまた案の定カップル喧嘩へと発展。
その後酔って歩けなくなったマリを、涼は送っていこうともしなかった。
東上線の踏み切りに向かい「死んでやるー!」と叫ぶマリを抱え、俺は気分が真っ暗になった。
翌日の卒業式の朝、俺は前日の悪夢が覚めやらぬまま、ひたすらボーッとしていた。
賞状授与など、卒業式の内容はまるっきり覚えていない。
式が一通り終わって、それぞれが名残惜しみ話してる中、俺はどこにも加わらずにただただボーっとロビーに座っていた。
そんな中、しばらくするとおもむろに近づいてくる男がいた。
そいつは、なんと桜木!
奴はにこッと、最高の笑顔を見せながら、オレに話しかけてきた。
「どうした、元気無いな!」
「べつにそうでもないけど…」
「そうか、それならまあいいけど。」
彼は俺の横にドカッと腰掛けると話しを続けた。
「ところで今日で俺達、本当にお別れだな!」
「ああ、そうだな…」
「俺の高校生活は一言で言って、ビフォアーが全てだった!」
「俺もだよ!」
「俺達よくやったよな。かっこよかったよな!」
「多分な…」
「俺さ、おまえは良い奴とめぐり合えればさ、この先絶対大きくなれると思うんだ。」
「俺はおまえと大きくなりたかったよ!」
「ごめん。でも俺も決めたことだからさ。俺これだけはおまえに言いたいんだけど、俺達がやったことをいつまでもお互い忘れずにいような!」
「忘れたくても、忘れられねぇよ!!!」
「何か苦しい時はさ、あの後夜祭の夜を思い出せよ。お互い元気に頑張ろうな!」
桜木は右手を差し出した。俺は強くそれを握り返した。
(ありがとう桜木。なんやかんや言って、おまえのおかげで最高の高校生活がおくれたよ!)
彼との挨拶で落ち込みも吹っ飛び、俺はようやく元気を取り戻した。