先週末ムンク展へ行ってきた。快晴の空、上野公園は多くの人が行きかっていたが、絵画ファンは 上野の森美術館で行われているフェルメール展の方に、行っているに違いないと期待し、私は奥の都美術館へ。すんなり入館できたが、混んでいるのはいずこも同じことか。解説を読みたくても人々の頭ばかりで読めない。仕方なく、2~3展示室を素通りしてから、鑑賞することにした。
ムンクの絵と言えば「叫び」が代表作。橋の上で両頬を抑えこみ,奇声を発する姿。その顔の異様さ。夕焼けの不気味な赤。時を、命を、自然をフリーズさせている瞬間を描きこんだ。ムンクの異常な精神状態を理解しようと多くの人が群がっていた。
夕焼けを血の色に描く感覚は、日本の美しい夕焼けをめでる人間には異様である。
私の子供時代のこと、世界が、空は勿論、手も植物も服も、見えるものすべてがオレンジ色に染まった中にいたとき、自分が天国にいるような、極楽ってこんな世界に違いないと思ったことがある。ムンクの夕焼けは、全体が赤く染まるわけではなく、雲が,蛇のように赤くうねり、フィヨルドの海は全く染まっていない。
やはりムンクの生まれ育った自然に身を置かないと彼の作品に共感はできないのではと思った。
私の友人のご夫婦がノルウェーに駐在していたことがある。北欧と言えば白夜。来る日も来る日も太陽が沈まないってどんな感じ?一度必ず訪問しようと思っていたが、結局一度も訪問することなく、彼女一家は帰ってきてしまった。冬の暗い厳しい閉じ込められた様な日々は耐え難かった由。白夜の反対の、来る日も来る日も太陽の出ない冬を、私は想像しなかったのだ。陽の部分に惹かれるが、陰の部分には目が向かないのだ。
ムンクはそんな自然の中で育ち,その上に、母親、妹の死に小さいころ直面する。心に暗い闇が住み着いてしまった彼は、心の平安を保つのも難しく、描くのは、おのずと暗いもの、不気味なものになる。やはり私は明るい、希望の輝きのある、不純ではない赤の世界の方が好きだ。
ムンクの絵と言えば「叫び」が代表作。橋の上で両頬を抑えこみ,奇声を発する姿。その顔の異様さ。夕焼けの不気味な赤。時を、命を、自然をフリーズさせている瞬間を描きこんだ。ムンクの異常な精神状態を理解しようと多くの人が群がっていた。
夕焼けを血の色に描く感覚は、日本の美しい夕焼けをめでる人間には異様である。
私の子供時代のこと、世界が、空は勿論、手も植物も服も、見えるものすべてがオレンジ色に染まった中にいたとき、自分が天国にいるような、極楽ってこんな世界に違いないと思ったことがある。ムンクの夕焼けは、全体が赤く染まるわけではなく、雲が,蛇のように赤くうねり、フィヨルドの海は全く染まっていない。
やはりムンクの生まれ育った自然に身を置かないと彼の作品に共感はできないのではと思った。
私の友人のご夫婦がノルウェーに駐在していたことがある。北欧と言えば白夜。来る日も来る日も太陽が沈まないってどんな感じ?一度必ず訪問しようと思っていたが、結局一度も訪問することなく、彼女一家は帰ってきてしまった。冬の暗い厳しい閉じ込められた様な日々は耐え難かった由。白夜の反対の、来る日も来る日も太陽の出ない冬を、私は想像しなかったのだ。陽の部分に惹かれるが、陰の部分には目が向かないのだ。
ムンクはそんな自然の中で育ち,その上に、母親、妹の死に小さいころ直面する。心に暗い闇が住み着いてしまった彼は、心の平安を保つのも難しく、描くのは、おのずと暗いもの、不気味なものになる。やはり私は明るい、希望の輝きのある、不純ではない赤の世界の方が好きだ。