No news is good news.というけれど、最近の私の場合は、good news どころかbad newsで、友人たちに心配をかけっぱなし。
半年ほど前、実はPCのキイボードが故障、aとwが出なくなってしまった。電気屋に飛び込んで、新しいPCをと思ったけど、そんな出費は・・・。仕方なくキイボードだけ外付けにし、bluetooth接続している。これだけの手間が面倒のもと。だんだんPCを開けるのも面倒、友人に対しても返信がとどこおったり、ブログも書かなくなって、もしかしたら、体調がわるいのかなと心配をかけっぱなし。いつしかPCからスマホまでこの面倒くさがり気分が伝播してしまった。
孫たちが来ると、私のPCにかじりつき、ゲームに熱中。保育園児の孫は、PCが空いていると、キイボードに両手を乗せ、お気取りで、一丁前の大人ぽく、ボードを滅茶苦茶たたく。これがPC故障の原因だったのか?
「ご迷惑、ご心配をかけて、ごめんなさい。」最近のニュースでよく聞くセリフにそっくりだけど。
私、肺がんの手術をして14年余りだけど、まだ生きていますから。
半年に一度、CTによる肺の精密検査を欠かしていないが、7年前に再発、幸い肺の中に癌がとどまっているが、2年前にそろそろ抗がん剤を始めますかと言われ、覚悟を決めたら、担当医が転勤し、そのままになってしまった。CTとMRによる肺と脳転移の検査は継続している。がんの進展はゆっくりであるが、もうこのまま放置してもいられないと、今月中に入院、手術をすることに決した。
考えてみれば、手術ができるということは、まだ生きられる可能性があるということ。いままで全くの健常者のように元気で、「あんた、本当にがん患者?」と疑われるような年月を過ごせたのは、ドクターの善意だったと思えてきた。生きてる間はしょぼくれているな、楽しく遊べと。人間、年を取ると、なかなか遊べないものだけど。不幸にして癌が見つかり、不幸のどん底のような人に、私の友人たちは「こんなに元気になってる人がいるのだから、がんばれ」と私を励ます材料にしている。