新型コロナ感染に戦々恐々していたここ2,3か月、家の中でマスクをし、一日おきにドアノブなどをアルコール消毒。何度言ってもマスクせず、体温計には手も触れず、それなのに咳痰をする夫にキリキリ、イライラする日々。
とりあえず全国のノックダウンの一斉解除に、ほっと一息。首都圏の解除ももう少し、暗闇に明るさが差し込んで、少し気が緩み始めていた。外に出るのは近所への買い物だけから、運動を兼ね、遠いスーパーまで足を延ばした。そしてをやっと第2波を心配しながらも、首都圏の解除にストレスから解放された日を迎えた。
閉そく状態の日々、断捨離をしようと決めたのに、ほとんどできず。本でも読もうか、でも図書館は休み、本屋も閉店。仕方なく新聞を読むが、ゆっくり目を通しても一時間もかからない。中身が薄い。毎日、不安、不満の塊の3か月。暇なのに何もできない、しない日々。しなくても日常生活に痛痒は感じない。だんだん、日にち、曜日の観念があやふやになってくる。ごみの収集日を忘れ、収集車の音にはっと気が付き、急いで曜日を確かめ、ごみを集め、すっ飛んいく。、急いでできる自分に安心したり。
そのほかいろいろ忘れ物が目に見えて増え、いよいよ私の頭が弱ってきている、もしかして認知症が始まったか。認知症の検査でやる100から7を引く暗算をやってみる。大丈夫だ。2,3か月前、一過性脳梗塞と診断されぶるった脳血管のせい?一番怖い脳の機能に不安がよぎる。あーあ、年は取りたくない。老年になってのパンデミック経験もこたえる。もしも私が罹ったら肺に疾患をかかえているので、死へ一直線。それは私個人の事。問題は家族、マンション住人、友人、コミュニテイへの迷惑の甚大さ。自分一人はひっそりしていれば、社会に何の影響もないと考えていたのは過去。自分という個人が社会から隔絶して生きていられると思うのは、傲慢だと気付く。だれも社会の輪、チェーンの一部なのを実感する。