今夏は心身ともに一番苦しい夏であった。今後毎年、そう思うようになりそうな。年を取るってそういうことかと思っている。

 

そんな日常、先週の土曜日、いつものように起床すると、家族の一員のようなテレビをつける。聞くとも見るともなく、音だけを出していると、心が安定するのだ。前の晩の後かたずけの後に出されたコップやグラス、などを洗い始めると、はっとするような清らかな声。体を乗り出して居間のテレビ画面をのぞく。ブルーのドレスに身を包んだ妙麗な外国の女性が、美しい声で歌っていた。高音では、オペラ歌手のように思い切り声帯を緊張させて声を張り上げるかと思ったが、優しく、穏やかに、のびやかな声が耳に心地よい。水道を閉め、手をふきながらテレビの前に移動。心が洗われるってこういうこと?

 

彼女は南米の大使夫人で、プロの歌手。笑顔のきれいな魅力的な若い女性だった。日本語も流暢だ。最後にうたった「被爆のマリアに捧ぐアベマリア」はジーンと心にしみる。大学4年生の卒業まじかに訪れた、教会の礎石など、まだ原爆の後が痛々しく残っている浦上天主堂を思いだしながら、アルトに耳を傾ける。伴奏のバイオリンの音色が一層心にキュンと刺さる。

 

朝の爽快な時間をくれた番組「音楽交差点」。秋はなんだかよいことが待っているような、前向きな気持ちにさせる音楽であった。