毎週日曜日の朝の日課は、テレビのNHKの大河ドラマ『青天を衝け』の予約で始まる。

 

昔、急に羽振りがよくなった家に、嫉妬心からか、キツネがついた家だ、キツネがお金を持って裏から入っていく姿を見たとか、まことしやかにささやかれ、忌み嫌われたという話を聞いたことがある。今回の話は、そんなキツネがついているといわれる家と栄一の姉の婚姻話。キツネは稲荷神社にはつきもので、神への道先案内人ならぬ動物で、どうしてそんなキツネを忌み嫌うのか、私は不可解だった。

 

親戚中がそんな家と親戚になるのは大反対で、大騒動が起きる。ここで得体のしれないお祓い集団と対決する栄一。彼の頭脳と弁舌がさえる。古い因習や根も葉もない不合理な行為には断固と戦う彼の行動に、背中を押したくなる。

 

彼の著書「論語と算盤」の中で、自分は子供のころからおしゃべりだったと書いているが、ただ無駄話をするのが好きではなく、根拠のないこと、昔からなんとなくやってきたことだからとか、不条理なことには我慢ができないで論破したのだ。江戸時代かちっとした、身分制度が定着している時代に、お上の言うことには我慢、親戚の和が大事。それが農民が生きていく鍵。

 

そんな中にあって、栄一は我慢できないことは我慢できないのだ。目をキラキラさせて、論理と合理性を持った自論を展開する姿、やっぱり並みの人間ではない。正義を証明しながら、相手をぎゃふんとさせる姿勢は見事。ドラマの一話が終わっても彼の爽快感、小気味よさが残る。

 

コロナ禍のなか、なんとなく心がもやもやしている日時が過ぎるが、栄一の若さ、元気、心意気は今の私たちの一服の清涼剤だ。